面白いエピソードがあります。
2002年に亡くなった医師で、名古屋内科医会会長を務めた毛利孝一さんは生涯に3回も臨死体験をしています。
1回目は心筋梗塞で42歳、2回目と3回目は脳卒中でそれぞれ68歳と78歳の時です。
1回目と2回目の臨死体験はハッピーなもので「こんなに楽に死ねるのか」と思ったそうです。
ところが3回目の臨死体験はとにかく暗くて寂しい体験だったようです。
ご本人が後で確認したところはじめの2回は暖かい布団の中で生理的に快適な状態であったようです。
ただ3回目は救急病院で薄い病院着1枚だけで寝かされていたとの事でした。
生理的に劣悪な状態で最期を迎えると、臨死体験も辛い体験として感じるかもしれないのです。
最後の時の環境も考えておく必要があるでしょう。
自分の時はハッピーな形の夢を見たいものです。
さて臨死体験はなぜ似ているのでしょうか?
レイモンドムーディーという人が書いた『かいま見た死後の世界』本の中にはその要素が書かれています。
臨死体験の構成要素
1・体験内容の表現不可能性
2・死の宣告を聞く
3・心のやすらぎと静けさ
4・異様な騒音
5・暗いトンネル
6・体外離脱
7・他者との出会い
8・光との出会い
9・人生回顧
10・生と死の境界線との出会い
11・生還
臨死体験を経験した人たちの共通要素です。
今回は「暗いトンネル」について考えてみたいと思います。
蜂に刺されアナフィラキシーショックで運ばれた方にお話を聞いたことがあります。
その後の手当てがよく幸一命を取り止めました。
その方は
「視界がスーッと暗くなってまるでトンネルに入ったようになって意識を失った」
と話していました。
私も何度か閃輝暗点(せんきあんてん)になったことがあります。
これはなんの前触れもなく、視界に小さなキラキラと光る粒が現れ、それが次第に大きく広がって最後には視界全体に広がってきます。
20分もすれば自然に消えていきますが、最初は不安になったものです。
後に脳外科医と話す機会があり、原因は脳の視覚野の一時的な虚血が原因であると教わりました。
この脳外科医自身も最初経験した時はずいぶん驚いたようです。
トンネル体験とは、人が死にゆく過程で、脳の視覚野の血流が滞り、このような現象を体験するのではないかという説が有力です。
人の意識を支えている様々なメカニズムが、死ぬという過程に入った時に少しずつ取り外されていきます。
その過程で起こる現象が「臨死体験」である可能性が高いといえます。
人の「意識」は大変緻密で高度な情報ネットワークで構成されているようです。
死に至る過程では、それらのネットワークが一つ一つ取り外されていくと考えれば良いのではないかと思います。
さて次回は「幽体離脱」について考えてみたいと思います。