「我思う、故に我あり」という有名なデカルトの言葉があります。
自分がいろんな事象を考える、そのことが自分の存在を知らしめるとの意味だそうです。
自分の意識は常に自分の身体の内側にあるように感じます。
ところがフィクションの世界では何かの拍子に誰かと体が入れ替わってしまうという筋書きが相当見られます。
これと似た現象を人工的に引き起こす実験がスウェーデンで行われています。
ストックホルムのカロリンスカ研究所に所属するヴァレリア・ペトコヴァ女史とヘンリック・アーソン氏は、この実験がもたらす疑似体験を"ボディ・スワップ(身体交換)イリュージョン"と呼んで実験を行っています。
厳密に言うと「スワップ(交換)」で入れ替わるのではなく、いわば被験者が一方的に対象の中に"乗り移る"というものです。
ペトコヴァ女史らが報告している実験には2通りあり、一方では男性のマネキン人形、もう一方では女性研究者が"一方的乗り移り"の対象となりました。
どちらの実験も、被験者には男女両方が含まれています。
さて、いったいどんな仕掛けで被験者を対象に乗り移らせてしまうのでしょうか?
仕組み自体はいたって簡単。
被験者は、乗り移り対象から見た視野を与えられます。
つまり、乗り移り対象はカメラを装着して、被験者はヘッドセットを装着しています。
乗り移り対象となる男性マネキンまたは女性研究者の頭部に装着されたビデオ・カメラから3D映像がヘッドセットに送られます。
こうして被験者には、マネキンまたは女性研究者から見た視野だけが見えます。
それが自分の視野だと受け取ってしまうのです。
マネキンを対象とする実験では、被験者がマネキンと向き合って座ります。
研究者が被験者の腹部とマネキンの腹部を別々の棒(プローブ)で同時にタッチします。
マネキンへの乗り移りが起こるのは、このときです。
いま棒で突かれているのはマネキンの方であり、そして自分はマネキンなのだと感じてしまうのです。
女性研究者に"乗り移る"実験では、女性研究者が被験者と向かい合わせに座って、被験者と握手します。
その瞬間、被験者は自分が女性研究者の体の中にいて、目の前にいる自分の体に付属している手と握手していると感じてしまう。
どちらの実験でも、"乗り移り"が起きてから10秒ないしは12秒が経過すると、自分はマネキンまたは女性研究者の中から外を見ているのだと、ごく自然に感じるようになるといいます。
マネキンとの身体交換については、被験者を10人集めて、もう1つ別の実験も行われました。
ナイフを使います。
"乗り移り"状態でマネキンの腕すれすれにナイフをかざすと、被験者は自分の腕が切られそうに感じてしまうのです。
その緊張感を示す電気的反応が被験者の指先の皮膚に認められたのです。
ところが、被験者本人の腕すれすれにナイフきまをかざしても、そのような電気的反応は生じない。
自分はマネキンの中にいると感じているからです。
ナイフを使った実験は、被験者が女性研究者に"乗り移った"ケースについても行われました。
身体交換イリュージョンが起きた状態で女性研究者の腕すれすれにナイフをかざすと、やはり被験者たちは自分の腕が切られるのではないかと緊張を高めました。
そして、被験者自身の腕にナイフを近づけても、被験者が緊張感を覚えることはありません。
さて、催眠術でも催眠状態から覚ます約束事が必要となるります。
被験者の意識を自分本来の体の中に戻すには、どうすればよいのでしょうか。
実は、瞬時に元の体に戻すことができるのです。
研究者が被験者の腕をブラシでこするだけで、たちまちにして身体交換イリュージョンが終わってしまいます。
被験者は腕をこすられるだけで、ヘッドセットを通じて見えている視野が自分のものではないことに目覚め、元の体に戻ってしまうのです。
説明が少し長くなりましたが要約すればこうです。
視覚と触覚を切り離すと、人間は簡単にありえないことを信じるようになるのです。
そしてこの実験でわかるのは、自分自身の身体内部に自分がいるという感覚は、脳によって作られているという事実です。
アーソン氏は「体外離脱は、自分の身体を認識する脳内のモデルが崩壊することで起こる」と指摘しています。
では次回また機会があればまたこの続きを書きたいと思います。