昨日からの続きです。
休養から復帰した萩野さんは、2021年の東京五輪に出場し、200m個人メドレーで6位に入賞しました。
その後、引退を表明し、この春から大学院でスポーツ人類学を学んでいます。
萩野さん・・・
自分の研究室の机があったりとか、同じゼミ生の方たちと一緒に研究をするということなので、すごく楽しみですね。
昨日も研究室で年下の子に質問をされたんです。
「オリンピックは、一人の人間として戦っているんですか?それとも日本を代表して戦っている気持ちなんですか?」って。
そういうことを純粋に質問してくれる子とかがいるわけですよ。
僕自身、それはすごくうれしいなと思ったんです。
今までだったら、「あの人はアスリートだから」という「アスリート」のかっこの部分に「スーパーマン」みたいな意味も含まれるところがあったと思うんです。
だけど、一人の人間をただ競技の結果で見るのではなく、一人の人間として見てくれることはうれしいですよね。
僕は、現役の最後のほうは「なんで人は泳いでいるんだろう」という問いを自分に問い掛けながら泳いでいました。
大学院でもそれを勉強するつもりです。
「人はなんでスポーツをするんだろう」「人はなんで生きているんだろう」それには人それぞれ答えがあると思います。
僕は、人は幸せになるために生まれてきたと思っているので、「人間として生きるとは」ということを考えることが、アスリートのメンタルヘルスにもつながってくるんじゃないかなと、僕自身は思っています。
こんな僕だから思うのかもしれないですけど、生きるという選択をして生きている方々がどれだけ尊いかというのをものすごく感じるんですよ。
健康はお金では買えないですし、生きていることだけでも、ものすごく奇跡。
そのなかでアスリートの方たちは、自分で自分の限界を超えるという作業を毎日、毎日しているので、本当にすごいなと。
もう純粋に尊敬の念しか、僕にはないです。
こんな28歳の人間が言うと「若輩者のくせに!」と思うかもしれないですけど、皆さん、自分自身のことをもっともっと誇りに思って、自分は素敵に生きているんだと思ってほしいです。
そして僕も、優しい人たち、優しい世の中、優しい世界を信じて生きていきたいなとすごく思いますし、そういう誰もが幸せに生きられる世の中になればいいなと、心から願っています。
以上萩野さんのインタビューです。
いろんな悩みや葛藤を乗り越えて何か「悟り」のようなものを掴まれたようですね。
自分を限界まで追い込んで競いあってきた現役時代を客観的な視点で話しておられます。
私たちも随分考えさせられるお話ですね。