ここで千鳥について少しご紹介しましょう。
そもそも鬼界ヶ島は無人島です。
近松門左衛門は千鳥は近くの島の海女という設定で描いています。
流人の一人、青年貴族の成経と恋に結ばれ、帰国できれば一緒に都へと約束した地元の女性がこの千鳥です。
このところ方言女子が流行ったりしていますが、いわば元祖方言彼女がこの千鳥です。
近松門左衛門が創作したかわいい方言が、一途で素朴な彼女を引き立たせています。
俊寛たちに紹介されて「家族と思って可愛がって下さいね」と挨拶するその言葉を「りんにょなってくれめせ」と近松は書いています。
このように近松が作った言葉が絶妙に配置されています。
恋人の成経は、都の上品な「ござんす」言葉よりも「りんにょなってくれめせ」が心に染みるといいます。
可憐な千鳥が都から来た流人に本当に大事なものを思い出させたのです。
そこで俊寛と千鳥の関係です。
途中で俊寛の赦免状も披露され、4人揃って都に帰れると流人たちと千鳥は喜んで船に向かいます。
ところが千鳥の乗船は拒否されたのです。
通行証が3人分しかないのです。
引き裂かれる恋人たちを見た俊寛は、島に残る道を選んだのです。
俊寛の妻で都で待っているはずの東屋。
夫婦といっても恋人のような恋女房の東屋が、平清盛のために死んでしまったんだと聞いた俊寛。
同じ別れを若い恋人たちにさせまいとしたわけです。
つまり俊寛の運命のカギを握るのがこの2人の恋人達だったのです。
前進座ではその千鳥と成経を6代目嵐芳三郎と中村梅之介が演じて大変好評を得たそうです。
恋人と引き離されて絶望する「海女名残」の場面を芳三郎さんは文楽の人形から学んで演じたといいます。
一方中村梅之介さんは、健康な色気と人間味あふれる2人の馴れ初め話を豊沢松太郎師の義太夫から学んだセリフで語ります。
また、2人が引き裂かれる場面。
これはアメリカ映画からインスピレーションを得て梅乃介さんが作り上げたものだそうです。
これらも今に受け継がれている前進座『俊寛』の型の1つとなっているようです。
それから千鳥の衣装も田舎娘の普通の歌舞伎の決まりものではなく、鳥居清忠氏が新たに工夫したものを前進座では使っているようです。
つづく