昨日の続きです。
さて、精子の数がなぜ減っているのか?
母親が妊娠中に何にさらされていたかも、子どもの精子の濃度に影響する可能性があります。
妊娠初期は「生殖プログラミング期間」とされています。
この時期に母親が特定の環境化学物質にさらされると、それが胎児である男の子の生殖器の発達に不可逆な変化を与えてしまうことがあると、スワン氏は説明します。
「子宮内で生殖器が発達しているときに何らかの損傷を受けると、永久に修復できなくなってしまいます」
逆に、男性に後天的に与えられた損傷、例えば喫煙や農薬の影響は、それを止めれば解決できる可能性があります。
精子が成熟するまでにかかる日数は約75日であるため、男性には2カ月半ごとに健康な精子を作るチャンスが巡ってくると、スワン氏は指摘します。
2017年と2022年のメタ分析はいずれも、何が精子数の低下を引き起こしているかについては検証していません。
しかし、環境や、喫煙や肥満など生活習慣による要因を示唆する研究はあります。
例えば、2022年1月15日付けで学術誌「Toxicology」に発表された論文によると、仕事で農薬に曝されると、精子の濃度が低くなったり、泳ぐ力が弱い精子やDNAに損傷を受けた精子が多くなるという結果が出ています。
また、2018年11月8日付けの医学誌「Human Reproduction」に発表された論文でも、肥満男性の精子は、濃度が低く、数が少なく、泳ぐ力が弱い傾向が示されました。
精子の数の減少が、中南米、アフリカ、アジアの男性にも見られたということは、その原因となる生活習慣や環境因子が世界的に存在することを示唆しています。
しかし、減少を加速させているものは何かという問いには、今のところ誰もはっきりした答えを持っていません。
レビーン氏は、原因は一つではなく、いくつもの化学物質が環境中で混じり合い、それぞれのマイナス効果が拡大されてより大きな問題になってしまったのではないかと考えています。
または、長い時間をかけて繰り返しさらされたことが影響しているのかもしれないといいます。
最新のメタ分析には50年分のデータが含まれています。
スワン氏は何世代にもわたって環境化学物質の影響が蓄積することで問題が加速するのではないかと考えています。
母親が妊娠中にさらされるのと同じ化学物質や生活習慣の要因(不健康な食生活、喫煙、肥満など)に、胎児もさらされます。
そして誕生後、これが次の世代へと受け継がれるのです。
また、母親だけでなく父親から受け継がれる可能性もあります。
母親の子宮内で、父親からの精子のなかにある何かが生殖器の発達を妨げる原因になっているのかもしれません。
これらの環境化学物質や有害な生活習慣にさらされる世代が今後も増え続ければ、その影響は蓄積する一方なのかもしれないのです。
私はこの一連の報告を読んで、レイチェル、カーソンが書いた『沈黙の春』という本を思い出しました。
ここには化学物質を何の規制もなく使い続ければ地球の汚染が進み、春が来ても小鳥は鳴かず、世界は沈黙に包まれるだろうという意味が込められています。
化学物質による野生生物や自然生態系への影響、人間の体内での濃縮、次世代に与える影響にまで警鐘を鳴らし、「環境汚染問題のバイブル」と言われています。
その当時、取り上げられた野生生物たちへの影響が、既に私たち人間にも現れてきているのかもしれません。