hayatouriの日記

はやとうり の独り言

あまりの暑さか?

 

連日暑い日が続きます。

 

 

今夜は地元のまぁかなり大きな規模の夜祭りがあるようですが、夜になっても大変な暑さでしょうね。

 

 

もうあちこちで、合言葉のように「暑いですね」。

 

 

 

正直、朝起きた瞬間から「しんどいなぁ」と。

 

 

 

仕事で出かけた時など、道路工事している皆さんに出会いますが、さぞかし大変なことだろうと思いつつ、無事を祈って感謝をしております。

 

 

 

私の治療院の利用者さんで学校の先生をされておられた方がいます。

 

 

もう70歳を超えておられますが、以前、実家の整理をしていましたところ、小学生のときの自分の絵日記が出てきたそうです。

 

 

 

皆さんも記憶にあると思いますが、小学生の頃夏休みになると出された宿題の「あれ」ですね。

 

 

 

そこで毎日のお天気と気温も測っていたようなのですが、なんと30度を超えた日が1日もないことに、びっくりしたそうです。

 

 

 

今や30度を超えない日が珍しい気候条件になってしまいました。

 

 

日によっては40度を超えているところも各地でありますよね。

 

 

 

まさに「命の危険」を感じるような暑さになってしまいました。

 

 

 

少し話は飛んでしまいますが、このこのひどい気候変動について、経済思想家でもある斉藤康平氏(1987年生まれ、東京大学大学院総合文化研究科準教授)は著書『人新生の黙示録』の中でこう言っています。

 

 

f:id:hayatouri:20260808120651j:image

 

 

「端的に言おう。文字通り私たち人類は、破滅の崖の縁に立っている」

 

 

「人類は地獄の門を開けてしまった」

 

 

 

詳細にこの本を紹介をする事はしませんが、彼は、人類がこれまで行ってきた経済活動が、地球の未来を破壊し尽くす時代がやってくると述べているのです。

 

 

 

人類は「ヨハネの黙示録」にあるような、終末的世界への道のりを避けることができるかどうか、避けるための方法はあるのだろうかとその著書の中で問いかけています。 

 

 

 

 

さすがに思想家です。

 

 

 

私たちが「暑い!暑い!」と騒いでいる未来がどこに繋がっているのか読みとこうとしています。

 

 

 

私たちも一度深く深く、この気候変動の問題について考えてみる必要があるのではないかと思います。

 

 

 

が・・・

 

 

そこは現実に戻って・・・

 

 

 

そのせいかどうか分かりませんが、私の治療院の西陽のあたるところに設置しております給湯器具や浄化槽のブロワーがなんだか少し早く寿命になっているような気がします。

 

 

 

先日も朝出勤して掃除をしておりましたところ、隣の方がお越しになりました。

 

 

「いや、少しお宅の浄化槽のブロワーから大きな音が出ているので・・・」

 

 

ということでしたので、横に回って見ますと、やはり異常な音が鳴っています。

 

 

早速お詫びをして浄化槽の管理会社に連絡をしましたところ、3時間後ぐらいに現場に来てくれました。

 

 

代替のものを設置して、現物を持ち帰りチェックをしてもらいました。

 

 

 

連絡をもらったところ、やはり8年前に設置したもので、もはや「寿命」とのこと。

 

 

早速、新品に付け替えの相談をすると向こうから提案がありました。

 

 

「楽天やAmazonでこの種のブロワーをご自分で注文していただいて、それが到着したら、私どもで設置だけさせていただくという方法があります」

 

 

「結論から言うと、その方がかなり費用がお安くつくのですが、いかがですか?機種はこちらの方でちゃんとお教えいたします」

 

 

ということでした。

 

 

 

最初は「どういうこと?」と思いました。

 

 

会社の利益を追求するなら、「当社で設置させていただきます」と新しい機械も持ち込めばそれで済むのになぁ?

 

 

 

実際、このパターンでは見積もりで2万円位の違いが出るのです。

 

 

 

つまり、楽天やAmazonで買えば、設置費用を負担しても私は2万円ほど負担が軽くなるのです。

 

 

 

お客様本位と言えばそうなのかもしれません。

 

 

 

この際、会社からの提案に従って楽天でブロワーを注文することにしました。

 

 

口コミなどを見ると、自分でこの種の付け替えをやっている人たちも結構いらっしゃるようです。

 

 

 

まぁ、構造からみれば、ちょっと器用な方や日曜大工などする方は比較的簡単にできそうな気がします。

 

 

 

楽天やAmazonでいろんなものを買いましたが、とうとう自分でブロワーまで買ってしまう時代になったのですねえ。

 

 

 

あっそうそう、ちょっと変わった。楽天での買い物と言えば、治療院で使っている車椅子も楽天で買いましたっけ。

 

 

 

しかし、暑さ対策も小手先だけで過ごせてる間は良いのですが・・・近い将来は、どうなるか?

 

斎藤幸平氏の本を読んでみましょうか・・・

 

 

 

 

広島の願い

 

8月6日のNHKの朝ドラが時間を早めて放送され、「あれ?」と思っていると、広島の平和式典の様子が8時から放送されました。

 

 

そうだ!

 

暑い暑い夏の真っ只中です。

 

 

私たちの世代、そして、私自身についてもそうですが、父親が徴兵されて軍隊を経験しています。

 

 

また、小学校位の時は、徴兵されて戦地に赴いて帰還した教員たちが、私たちに戦争の話をよくしてくれました。

 

 

そういった生の声を聞いた私たち。

 

 

親の世代が経験したこのような悲惨な経験は、二度と繰り返してはならないのです。

 

 

今回、広島の平和式典の中で印象に残った挨拶をご紹介したいと思います。

 

 

 

お時間のある時に改めてご一読いただければと思います。

 

 

 

 

 

2026広島市平和宣言


被爆から81年が経過した今、私たちが暮らすこの地球上では、核を脅しの道具に使った軍事侵攻や国際法をないがしろにする大国の横暴な振る舞いが繰り返されています。

 

 

また、今年開催されたNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議では、過去2回に続き成果文書が不採択となりました。 

 

 

その原因は、他国に責任を転嫁し自国の行動を正当化する為政者の言動にあります。

 

 

また、こうした為政者の言動は、NPTが定める義務を無視するに等しく、世界の平和と安定を根底から揺るがすものです。

 

 

このままでは世界中で不信の連鎖が進み、欲望がむき出しになっていた第二次世界大戦の時代に回帰してしまいます。

 

 

核兵器の非人道性を軽視し、自国の繁栄のための武力行使を認めることは、暴力を伴う報復の連鎖を許容し、第三のヒロシマ・ナガサキを作り出すことになりかねません。

 

 

皆さん、ここで再度、あの惨禍を生き抜いた被爆者の体験に耳を傾けてください。

 

 

当時16歳だった女性は優しかった姉のことを振り返ります。

 

 

まるで骸骨のように皮膚が崩れてなくなり、唇のない口から歯がむき出しになっていた姉の顔は、悪夢のようで信じられなかった。

 

 

また、3歳で被爆した後に次々と病に襲われ、55歳で白血病を発症し原爆症と診断された女性は、いつも次にどんな病気がくるのかという恐怖と隣り合わせの日々だったといいます。

 

 

また、別の当時9歳だった男性は、多くの一般人が犠牲になっているロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし、争いが起きない世界を創るため、自分の中の争いの心を乗り越え、相手の考えを受け入れる気持ちを持ってほしい、とりわけ若い世代には、そのために身近なことから考えてほしいと訴えます。

 

 

市民社会は、こうした被爆者の声や被爆者の思いを伝承する活動に鼓舞され、核兵器廃絶と平和を願う行動の輪を、国境を越え世代を超えて広げてきました。

 

 

しかし、多くの為政者は現実的な対応として核抑止力に依存し続け、暴力を肯定する国際社会が出現し、核兵器のない世界は遠のくばかりです。

 

 

戦争の記憶が薄れることで核兵器の使用が容認されかねない時代を生きる私たちは、今改めて、国連を創設し核兵器廃絶を決意した過去の教訓を学び直す必要があります。

 

 

そして、一人一人があらゆる暴力を否定し、核兵器廃絶という理想を理想で終わらせない国際社会を創り上げるための行動を起こす必要があります。

 

 

そこで、若い世代の皆さんに提案があります。

 

 

価値観の異なる人々との国境を越えた交流を深めてください。

 

 

そうすることで、嬉しさや楽しさ、夢や希望を共有することができます。

 

既に世界の多くの若者が、広島を始め様々な場で被爆の実相を学び、交流を深めています。

 

 

皆さんも平和のために日常生活の中でできることを実践し、自らの思いを発信することで、その行動の輪を広げていってください。

 

 

こうした取組は、お互いを認め合う平和文化を世界中に根付かせ、核兵器廃絶を国際社会の常識にすることにより、為政者が核抑止力に依存することを認めない環境づくりにつながります。

 

 

広島市は、平和首長会議の8,589の加盟都市と連帯し、平和文化を世界中に広め、次の世代に伝える活動を後押しするとともに、「ヒロシマの心」を世界に訴え続けます。

 

 

世界の為政者の皆さん。

 

市民社会は一日も早い核兵器廃絶を願っています。

 

いったい、いつまで失望させ続けるのですか。

 

 

核兵器の使用が人類に壊滅的な被害をもたらすこと、そして核軍縮・不拡散は、多国間で取り組むべき課題であることを十分理解されているはずです。

 

 

また、核保有国の為政者の皆さんは、核軍縮に大きな責任を有しているのですから、自ら範を示す必要があることを十分認識されているはずです。

 

 

世界の為政者の皆さん。

 

自ら被爆地を訪れ、ヒロシマ・ナガサキの悲劇と真剣に向き合い、被爆者の平和への思いを受け止めてください。

 

 

私たち市民社会は、為政者の皆さんが被爆地から核兵器廃絶への決意を世界に発信し、そのための政策を実行することを心から待ち望んでいます。

 

 

日本政府には、日本国憲法が掲げる崇高な理想を深く自覚し、国際社会において名誉ある地位を占めるための歩みを止めないでいただきたい。

 

 

とりわけ、各国との分断や対立が生じかねない厳しい安全保障環境にあるからこそ、国民に犠牲を強いることのないよう、したたかで粘り強い外交に徹する中で、国際社会の平和と安定に向けて貢献し続けることを表明し、実行していただきたい。

 

 

そのためにも、まずは今年11月から開催される核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加し、そして、一刻も早く締約国となっていただきたい。

 

 

また、平均年齢が86歳を超えた被爆者の支援策については、今なお抱えている様々な苦しみや苦悩に寄り添い、在外被爆者を含めた被爆者援護のあり方を踏まえた上で、その充実を図ることを強く求めます。

 

 

本日、被爆81周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、力を尽くすことを誓います。

 

 

そして、改めて市民社会に呼び掛けます。

 

 

世界中の皆さん、被爆者の切実な思いが込められた「ヒロシマの心」を胸に、共に行動することで世界を変えていきましょう。

 

 

令和8年(2026年)8月6日

広島市長 松井 一實

 

 

有吉佐和子記念館

 

やたら蒸し暑い日が続きますが、皆さんお体大丈夫ですか?

 

十分にご注意くださいね!

 

 

 

さて、私、先日業界団体の会合があったついでに和歌山市にある有吉佐和子記念館に初めて行ってきました。

 

 

 

f:id:hayatouri:20260805151533j:image

 

 

 

有吉佐和子については、ご存知の方も多いと思いますが、改めて少しご紹介します。

 

 

 

有吉佐和子(ありよし さわこ、1931年1月20日~1984年8月30日)は、和歌山県和歌山市出身の小説家・劇作家・演出家です。

 

 

銀行員の父の転勤で幼少期をジャワ島(現インドネシア)で過ごし、戦時中に帰国後は疎開を経験。

 

 

 

東京女子大学短期大学部英語科を卒業後、古典芸能を題材にした短編『地唄』(1956年)で文学界新人賞・芥川賞候補となりデビューしました。

 

 

 

1959年の『紀ノ川』で作家としての地位を確立。その後、『華岡青洲の妻』(女流文学賞)、『出雲の阿国』(芸術選奨文部大臣賞)、『和宮様御留』(毎日芸術賞)などの歴史・古典ものや、認知症介護を描いた『恍惚の人』、環境問題を扱った『複合汚染』といった社会派作品でベストセラーを連発し、大きな反響を呼びました。

 

 

53歳で急性心不全により死去。歴史・女性・社会問題を鋭く描いた作品群は、現在も読み継がれています。

 

 

もし彼女が53歳という若さでこの世を去っていなければ(53歳までの作品でさえ、凄いのですから)日本文学史に残る大作家となっていたことは間違いないでしょう。

 

 

また、晩年は社会的視点を強く持ちながら執筆活動をしたことなどを考えれば、日本の文学のみならず、政治などにも大きな影響与えた可能性があります。

 

 

これほど有名な作家でありながら、私にとっては、かなり疎遠な作家でした。

 

 

もちろんいくつかの作品は読んでいましたが、青春時代、相当若い頃に読んだので今改めて少しずつ読み直しています。

 

 

特に、前進座が公演する『出雲の阿国』を鑑賞するにあたって、原作を読み直した頃から、にわかに有吉佐和子マイブームが到来してきました。

 

 

 

それはそれは日差しが強い日でした!

 

地図を見ながら車を走らせていたのですが、予想以上にこじんまりとした記念館だったため、最初通り過ぎてしまいました。

 

 

 

f:id:hayatouri:20260805145544j:image

 

 

 

中に入ると、ざっとこんな感じにポスターが貼られています。

 

f:id:hayatouri:20260805145547j:image

 

 

 


f:id:hayatouri:20260805145559j:image

 

 

作品に関する演劇などのフライヤーもたくさんあります!

 

 

『出雲の阿国』大阪公演のフライヤーもちゃんと置いてくれています!

 

 


f:id:hayatouri:20260805145604j:image

 

 


f:id:hayatouri:20260805150706j:image

 

作家の机と椅子と言うのは、やはり武士で言えば、刀とでも言いましょうか、重厚な感じがしますね。

 

 


f:id:hayatouri:20260805145555j:image

 

 

 

 

 


f:id:hayatouri:20260805145550j:image

 

 

f:id:hayatouri:20260805150816j:image

 

👆ニコニコシールが貼っていますね。

 

 

 

 

 

f:id:hayatouri:20260805152408j:image

 

 

 


f:id:hayatouri:20260805145607j:image

 

有吉佐和子は原稿用紙も自分独自に作ったようで、これがその本物の原稿用紙です。

 

 

 

自筆の原稿も見学できるのですが、これは写真撮影は禁止でした。

 

 

が・・・シェーファーの万年筆を愛用し、青いインクで女性らしいしなやかな文字でずっしりとぶ厚い原稿の束が書き上げられていました。

 

 

 

 


f:id:hayatouri:20260805145615j:image

 

 


f:id:hayatouri:20260805145619j:image

 


f:id:hayatouri:20260805145611j:image

 

👆このテーブルの上には、記念館を見学した人たちの感想が書かれているノートが置かれています。

 

 

 

和歌山県外の多く立ち寄られているようで、この日も、大勢の入館者がおられました。

 

 

施設内には簡単な軽食や、喫茶コーナーもありますので、ご近所の方も数人でお話しされておられました。

 

 

ところが皆さん、この記念館入場無料なんですよ!

 

 

少し位お金をいただいても全然構わないと思うんですがねえ。

 

 

和歌山市へお出かけの際には、ぜひ有吉佐和子記念館へ足を運んでいただきたいなと思います。

 

 

記念館そのものは、本当にこじんまりしていますので、そんなに時間をかけずに見学することができますよ!

 

 

 

熊本地震の影響

 

毎日ニュースで見聞きするのですが、熊本地震のその後の状況は本当に大変ですね。

 

 

 

レジのお金をもう一度戻すために、イオンモールに入って爆発に遭遇して、亡くなった方のお話などを聞くと、何ともやるせない気持ちになります。

 

 

 

このことについては、会社や営業所の指示は間違っていたと言わざるを得ませんね。

 

 

 

水も電気もなくて、この猛暑の中で、避難生活を送ることは精神的にも身体的にも極限状態だと思います。

 

 

 

本当に国からの支援をまず第一にして全国からの支援が必要だと痛感します。

 

 

 

実は、早速、熊本地震の影響が出てきています。

 

 

 

すこし話はかわるのですが、地震の前から自宅の照明器具をLEDに変えようと計画していました。

 

 

 

LEDは英語の Light Emitting Diode(ライト・エミッティング・ダイオード)の略で、日本語では 発光ダイオード と呼ばれます。

 

 

電気を流すと光る半導体の一種です。

 

 

2023年11月の水銀に関する水俣条約第5回締約国会議で、一般照明用の蛍光ランプの製造・輸出入を2027年までに段階的に廃止することが決定されました 。

 

 

これは水銀を使用する製品の規制強化の一環です。

 


廃止のスケジュール(種類ごとに異なる)

 

 


環境省の資料によると直管蛍光ランプと環形蛍光ランプは2027年12月31日。

 

 

コンパクト形蛍光ランプは2026年12月31日が廃止年月日とされています 。

 

 

 

もちろん今すぐに使えなくなるわけでは無いのですが、蛍光ランプがだんだんなくなるのは事実ですし、対応しなければいけません。

 

 

 

 

f:id:hayatouri:20260804135625j:image

 

 

 

1995年にできた我が家の蛍光灯のメインは、このような直管型蛍光灯を並べたものです。

 

 

 

和室を除くほぼすべての洋式の部屋に、このようなものがつけられています。

 

 

もう既にご存知かと思いますが、LEDを使おうとすれば、それに合わせた器具も変えなければなりません。

 

 

•  調光器(ディマー)との相性が一番多いトラブルです。

 

従来の白熱灯用調光器ではLEDがチカチカしたり、点灯しなかったりします。

 

LED対応の調光器に交換するか、調光不要のタイプを選ぶ。

 

 

•  ハロゲンや蛍光灯用の安定器・トランスが付いている場合は、必ずLED対応品に交換する必要があります。

 

放置すると発熱や故障の原因になります。

 

•  口金(E26、E17、GU10など)が合うか確認。サイズが微妙に違うと入らないことがあります。

 

 

明るさの選び方も変わってきます。

 

•  「60W相当」などの表記は参考程度。実際の明るさは**ルーメン(lm)で比較する。

 

 

•  リビングやキッチンのメイン照明:おおよそ800〜1500lm程度

 

 

•  廊下やトイレ:300〜500lm程度

 

 

•  白熱灯よりLEDの方が光が直進しやすいため、同じルーメンでも「暗い」と感じることがあります。

 

 

まぁ、早い話、電球型の蛍光灯や電球そのものは、自分でLEDに入れ替えることができますが、前出のような蛍光灯を並べて入れているような照明器具は、元の器具からの取り替えが必要です。

 

 

カタログを調べてみると、今ほとんど丸形のLED照明になっているようです。

 

 

 

また、和室では私の家もそうですが、昔は吊り下げ方の四角い和風の蛍光灯が付いていましたが、現在はほとんど天井に据え付けるタイプのLED照明となっています。

 

 

 

地震などの揺れで、落下や横振れの可能性・ガラスの破損による怪我などを防ぐためだと言われています。

 

 

新しいLED照明がどのぐらいの明るさになるかは、実際に電気屋さんに見てもらって、現状の明るさを確認した上で機種の設定をしたほうが無難かと思います。

 

 

約1時間ほどかかって、家中の照明器具を電気屋さんとともにチェックして、新機種をカタログから選び発注することとしました。

 

 

ところが・・・

 

 

電気屋さん曰く

 

「熊本の半導体製造工場の被害の煽りを受けて、すべての電化製品の今後の入荷の予定が分かりにくくなっています」

 

とのこと。

 

 

 

納品までは少なくとも2ヶ月から3ヶ月ぐらいの猶予を見て欲しいと話していました。

 

 

 

熊本地震の影響は、このようにすぐに私たちの生活に押し寄せてきています。

 

 

期限切れが迫る中で、全国で一気に工事の希望が増える可能性が高まっています。

 

 

今後、ご自宅の照明器具をLED照明に変えようと思っておられる皆さんは、このような諸般の事情を考慮の上で、少し早めに検討されることをお勧めしたいと思います。

 

 

 

熊本地震へのお見舞いとTKB48

 

しばらく、ブログアップを控えておりましたが、直近で大変な災害と事故が起こりましたね。

 

 

 

7月28日16時27分でした。

 

 

 

熊本県熊本地方を震源とする地震が発生し、熊本県宇城市氷川町で最大震度7を観測し、九州の広い範囲にとって、強い揺れを観測しました。

 

 

 

イオンモールの爆発事故もあり、犠牲者の方も多く大変な惨事なっています。

 

 

 

f:id:hayatouri:20260802152932j:image

 

 

 

 

f:id:hayatouri:20260802152837p:image

 

 

 

 

 

f:id:hayatouri:20260802152843p:image

 

 

 

 

 

:f:id:hayatouri:20260802151740p:image

 

 

 

熊本県の発表(8月2日午前7時半時点など)によると:

 

•  死者:38人

•  地震が直接の原因と確認されたもの:35人

•  災害との関連を調査中:2人

•  車中泊中の熱中症疑い(70代女性、災害関連死の可能性。初のケースとみられる):1人

•  人的被害合計:143人(重症者12人を含む)

 

 

主な内訳として、日本製紙八代工場での煙突崩落関連や、イオンモール熊本での地震後の爆発・建物被害関連の死者が多く含まれます。

 

 

 

避難者は約9,200人超が避難所などに身を寄せており、断水なども続いている状態です。

 

 

 

実は、私の従兄弟も熊本におりまして、この一報があって、すぐにメールを送りました。

 

 

 

ところが、1日たっても連絡がなくずいぶん心配になったので、ひょっとしたら情報が入っているかと思い、和歌山県内に住んでいるその人の妹さんに連絡しました。

 

 

 

すると、「震度5程度の揺れはあったものの、水道も電気も通じているし、何も怪我などしていない」と教えてくれました。

 

 

 

本人からもメールが届き、メールアドレスを変えたということらしく、無事を知らせるとともにお詫びの連絡もありました。

 

 

 

犠牲となられた方々には、心より哀悼の意を表しますとともに、お怪我をされた皆様には、1日も早くご回復されますように、心よりお祈り申しております。

 

 

 

また、避難所等での生活でも、大変なご苦労を伴っておられることと思いますが、ぜひお体に気をつけて頑張っていただきたいと思います。

 

 

 

そして、なんといっても、国や自治体からの支援が必要です。

 

 

 

地域の自治体職員も被災者でしょうから、そこは思い切って国からの支援を広げていただきたいと思います。

 

 

 

 

実は、私の住んでいる自治体でも、先日の町議会の中で、震災に備えた避難所の準備が遅れていると指摘をする議員からの声が上がっていました。

 

 

 

私の知る限り、共産党の議員さんが「TKB48」についての準備を進めるべきだという政策掲げていたと思います。

 

 

 

 

ぜひ覚えていただきたいのが「TKB48」!

 

 

 

これアイドルグループのAKB48と似ている表現ですが、実は避難所の重要なポイントとなっています。

 

 

 

避難所支援の分野で使われる「TKB48」は、災害発生から48時間以内に避難所の生活環境を最低限のレベルまで整えるべきだ、という考え方を表す標語です。

 

 


TKBの意味


• T(トイレ):清潔で使いやすいトイレの確保。

断水・停電時でも衛生的に使える仮設トイレなどを迅速に設置する

 

 

• K(キッチン):温かく栄養のある食事を提供できる体制。

冷たい非常食だけでなく、加熱調理された食事を早期に届ける

 

 

• B(ベッド):雑魚寝ではなく段ボールベッドや簡易ベッドを用意し、床から離れて眠れる環境を作る

 


「48」の意味

 

 

「48」の意味

これらを災害発生から48時間以内に整備することを目指す、という時間的な目標を示しています。

 

 

過去の震災では、避難所の環境が長期間劣悪なままになり、エコノミークラス症候群や感染症、体力低下による災害関連死が多く発生したことが問題視されてきました。

 

 

残念なことに今回も災害関連死と思われる事案が発生しています。

 

 

 

トイレを我慢して水分摂取を控えたり、冷たい偏った食事が続いたり、硬い床で眠り続けることが健康被害につながることが分かってきたため、これらを迅速に改善する必要性が唱えられるようになりました。

 

 


イタリアなど海外では災害発生後すぐにこうした環境整備が行われる例があり、日本でもこの水準を目指すべきだという文脈で「TKB48」という言葉が防災の専門家や自治体の間で使われています。

 

 

 

ところが、私たちの地方自治体の取り組みを調べてみると、なかなか思うように準備が進んでいない現実があります。

 

 

この点の改善が早急に必要です。

 

 

 

加えて、後は個人による災害対策も準備しておく必要がありますね。

 

 

 

今だからこそ、私たちの身の回りも改めて見直さなければならないと思います。

 

 

 

 

Michael!  その4

 

 

しかし、暑い暑い!暑い!

 

 

 

屋内でも扇風機だけではとても大変な状態です!

 

 

野外で仕事や農作業等をしている皆さんほんとにお気をつけください!

 

 

 

それから、今高校野球の予選が全国で行われていますが、全国各地で強豪校が敗退しています。

 

 

 

わが和歌山県大会を見ても、毎試合毎試合、選手たちの体調不良が続出し、試合が中断することが常態化しています。

 

 

 

夏の高校野球甲子園全国大会が本当にこのままでいいのか、大きな事故が起こらないうちに選手たちの安全確保を最優先に、大会のあり方も考え直さなければいけない時期に来ていると思います。

 

 

 

 

さて、本題に戻ります。

 

 

 

皆さん、昔のテレビ番組でSMAPの冠番組『SMAP× SMAP』を知っている方もいらっしゃるでしょう。

 

 

その中の『ビストロスマップ』コーナーでのことです。

 

 

 

何故かこのビストロスマップが好きで、よく見ていた記憶があります。

 

 

 

SMAPのメンバーが、ゲストの要望で与えられたテーマで食材を用意し、調理して勝ち負けを競う番組です。

 

 

 

『SMAP×SMAP』のビストロSMAPコーナーにサプライズにMichaelがサプライズ出演したのです。

 

 

 

 

当時見た方いらっしゃいますでしょうか?

 

 

 

ソロ活動後の「キング・オブ・ポップ」時代のマイケル・ジャクソンがテレビメディアに出演した数は限られています。

 

 

 

その中でも最も異色なのが日本のバラエティ番組『SMAP×SMAP』への出演でした 。

 

 

 

調べてみたら2006年6月5日放送の回です。

 

 

 

ちょうど20年前になるんですね〜

 

 

 

SMAP全員の憧れである世界的スーパースターのマイケル・ジャクソンがドッキリの形でゲスト出演しました。

 

 

 

 

番組スタッフによるマイケルのキャスティング風景などのドキュメンタリーを前半に放送した後、後半からマイケルが出演。

 

 

 

SMAPとの初共演です。

 

 

 

マイケルの出演時間は約10分間(22:30頃〜22:40頃)で、この回がマイケルにとって世界で唯一のバラエティ番組出演でした。

 

 

 

世界で唯一ですよ!

この番組凄いと思いませんか?

 

 

 

YouTubeにその映像が残っていますので、ご紹介したいと思います。

 

 

時間があればぜひご覧になってください!

 

 

 

 

「SMAP×SMAPにマイケルがやってきた!」

 

クリック👆

 

 

 

2009年6月25日にマイケルが死去したことにより、日本のテレビ番組やバラエティ番組への出演はこれが最初で最後、SMAPとの共演もこれ一度きりとなりました。

 

 

 

 

今回、映画『Michael』のお話から、ずいぶん脱線してしまいましたが、映画の中でも、ペプシコーラのCM撮影の最中に、スタジオの火花がマイケルに引火して、大火傷したときのエピソードなども描かれています。

 

 

 

 

マイケルの髪や衣装に火花が飛んで、残念ながら頭部に大きな火傷のケロイドを残すことになります。

 

 

 

何回も手術を繰り返しますが、結局完治する事はなく、マイケルはそれからウィッグを使用することになったのです。

 

 

 

年代が進むにつれて、マイケルの顔の形も整形によってずいぶん変わってくるのですが、映画の中でも変化していきます。

 

 

 

しかし、これは俳優が実際に整形をしたわけではなく、世界でも有数のメイクアップアーティストたちが、それこそ技量の最高水準を寄せ集めて顔を「造った」結果です。

 

 

 

どうしてマイケルはこのように整形にこだわったのでしょうか?

 

 

 

様々な説があるのですが、映画の中でジャクソンファイブ時代の幼いマイケルに、父親が投げかけた言葉があります。

 

 

 

練習が父親の思い通りに進んでいないマイケルに対して、父親は「このでかっ鼻野郎!」と罵るのです。

 

 

 

私はこの一言の意味が大きかったのではないかと思います。

 

 

 

実際には映画のように1回限りではなく、何回も何回もレッスンのたびに、このように罵られたのではないかと思います。

 

 

 

これは、ほんの1つの映画内でのエピソードですが、映画の中では、マイケルが発表した楽曲もたくさん演奏されて、まさにライブを見るような感覚で舞台裏を案内してくれています。

 

 

それだけでもとても楽しめる映画になっていますので、ぜひよろしければ、映画館に足を運んでみてくださいませ。

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

Michael !  その3の前に!

 

 

いや~~、しかし暑い日が続いています。

 

 

夏ってこんなに暑いもんでしたかね?

 

 

 

下手すりゃすぐに病気になってしまいます。

 

 

 

 

皆さんもぜひとも体調にはお気をつけ下さいませ!

 

 

前回の続きとなりますが、その前に少し気になることがあったので、触れておきたいと思います

 

 

 

今度の国会で「皇室典範」の改正が審議されていた事は、すでに皆さんもご存知の通りで、私のブログでもその問題点について触れていたところです。

 

 

 

その問題山積の「皇室典範」が国会の中で成立しました。

 

 

 

 

この議論の経過を見てみると、私には何とも気持ちの悪さが残ってしまうのです。

 

 

 

そもそも、皇族や皇室の方々の意志は一顧だにされず、一部の政治家の意向によって、その運命が左右されてしまっています。

 

 

 

国民の声や願いについても然りです。

 

 

私の感じる気持ちの悪さは、まさにここにあります。

 

 

皇族や天皇であるとはいえ、間違いなく人間です。

 

 

 

表面上は、礼節を重んじるような形を取りながら、実のところ、このような表現が妥当かはわかりませんが・・・・

 

ある特殊な「生き物」を見るような、そしてそれをどのように絶やさず「種を保存するのか」とある思惑をもった政治家がひそひそ話のなかで練り上げた胡散臭さを感じてなりません。

 

 

 

男女で生まれる確率はほぼ半々としても、女に生まれた者たちは、男を産むことの責任をのみ負わされるだけではないかと・・

 

 

頭の悪い私などは、ついそう思ってしまうのです。

 

 

 

少し時間はかかりそうですが、この問題、いつかは正していかないと、それこそ皇室を始め、わが国の男女の法的な関係性など将来に大きな禍根を残すと言っても間違いないでしょう。

 

 

皆さんはどうおかんがえでしょうか?

 

 

 

 

さて、マイケル・ジャクソンの話の続きを、もう少し。

 

 

全世界のスターとなったジャクソン ファイブ。

 

まさに、巨額の富を生み出す「金の卵」でした。

 

 

大人たちは、中でもボーカルのセンターとして大活躍していたマイケル・ジャクソンのソロ活動を支援しよう(独立を促して金儲けしたいと目論みます)とします。

 

 

この頃、マイケル自身は、父親の権威主義と金儲け主義を快く思っていませんでした。

 

 

自らのソロ活動を開始するにあたって、父親をマネージメントから解雇するという大胆な行動に出ます。

 

 

 

そのあたりの詳しい経過はぜひ映画館でご覧いただきたいと思います。

 

 

 

では、マイケル・ジャクソンが来日した事はあるのでしょうか?

 

 

 

マイケル・ジャクソンが日本に来たツアーは、以下の3回です。

 

 

1. バッド・ワールド・ツアー(1987年)


自身初のソロ・ワールドツアー。1987年9月9日に来日 し、東京・後楽園球場を皮切りに西宮、横浜、大阪の各球場で公演を行い、4会場で計14公演、観客動員数は約43万人にのぼった という、当時の日本コンサート史上空前の規模でした。

 

さらにこのツアーでは全米・ヨーロッパを回った後、再び来日し、完成したばかりの東京ドームで9公演を行っています 。

 

 

2. デンジャラス・ワールド・ツアー(1992年)


1992年12月9日に来日し、12月12日から東京ドームで公演を開始、以後14日、17日、19日、22日、24日、30日、31日にも東京ドームで公演を行いました。

12月31日には大晦日のカウントダウン・コンサートも実施しています。

 

 

3. ヒストリー・ワールド・ツアー(1996年)


1996年12月に日本ツアーが開催され、東京ドーム4回、福岡ドーム2回の公演が行われました。

マイケルは12月に来日し、東京のタワーレコードを訪問したり、ショートフィルム『ゴースト』の東京プレミアに出席、12月29日には18日間の日本滞在を終えてブルネイへ出発しました。

これが彼にとって最後の来日ツアーとなりました。

 

 

 

実は私も2006年マイケルが来日した際、あるテレビ番組に登場した姿をリアルタイムで見たことがあります。

 

 

その番組とは・・・

 

 

 

つづく。