hayatouriの日記

はやとうり の独り言

その昔退職届を書きました!  その1

 

もうずいぶん昔の話ですが退職届けを2回出したことがあります。

 

1度目は10年以上勤めた病院を辞めた時です。

 

2度目はその後勤めた弁護士事務所を辞めた時です。

ここでは失業保険の関係もありまして「解雇」扱いして貰いました。

 

やめるべきかどうか悩んでいた時期も長かったので退職届けを出した時は本当にすっきりとした気分になったことを覚えてます。

というのも次の目標がはっきり決まっていたからです。

 

職場をやめようかどうか、もしくは転職をしようかどうかと悩む人も多いと思います。

 

TwitterSNSを見ていると職場への不満や不安が公務員や民間企業を問わず多種多様に発信されています。

 

さまざまな理由で会社や組織を辞めることを決断したら、その意思を会社などに伝える必要があります。

その際に提出するものとして「退職願」「退職届」「辞表」があります。

この3つについて「どう違うの?」「どれを出してもいいの?」といった疑問の声もあるようです。


これら「退職願」「退職届」「辞表」には、どのような違いがあるの調べてみました。


退職願と退職届はいずれも、従業員が会社に対して退職の意思表示をするときに提出する書類です。

 

まず、退職願は『退職させていただけますか?』という意味合いの“願書”として扱われます。

 

提出後、会社側が承認すれば退職扱いとなりますが、会社の承諾を得る前であれば、『やっぱり退職することをやめます』といった意思表示の撤回が可能です


一方、退職届は民法の定めにのっとった形式です。

 

作成する“届け書”で、『退職させていただきます』と従業員の一方的な意思表示によって労働契約を解約する内容となります。

 

この場合、退職届が会社側に受理された時点で退職日が決まるため、受理された後の撤回は原則認められません


なお、「辞表」は会社の経営者や役員、公務員などが、その職の退職意思や辞意を表明する際に提出する書類です。

 

そのため、退職願や退職届と違い、会社の従業員が利用することは基本的にはありません


ですから会社を辞める人の職務上の地位が会社の経営者や役員、公務員などの場合は辞表を提出します。

会社の従業員の立場である場合は、退職願、もしくは退職届のいずれかを提出することになります。


退職願と退職届は先述の通り、意味の違いがあります。

多くの会社がその違いを理解していないため、届け書などの提出にあたり、明確な区別を定めていないことが多いと思われます。

その場合は双方とも『退職の意思表示を行う書類』として同等に扱われるので、退職願と退職届のどちらを出してもよいことになります。

ただし、会社や組織が決めている形式や慣例は事前に確認してください。

そのポイントは次の通りです。



つづく

 

体育座りが消える?  その2

前回の続きです。

体育座りの体への悪影響を少し調べてみました。

 

腰痛を引き起こしていることは、研究で明らかになっています。

 

大分以前となりますが国際医学技術専門学校(名古屋市)の理学療法士・増田一太さん(42)の2014年調査結果です。

 

主に関西地方の小学5年~高校3年の男女939人の12・7%に腰痛がありました。

 

座った時に痛みを訴えるケースが66・4%で、そのうち体育座り時に痛みを感じたのが52・3%だったそうです。


増田さんは「教育の場で話を聞くことより、姿勢を維持することに焦点が置かれすぎている」と問題視ししています。

 

子供達が体育座りをして「もぞもぞ動くのは、痛みを回避しようとしているため」と解説しています。

 

実に論理的に筋が通っていると思います。


山口県下関市の市立豊北中学校(生徒数113人)は集会での体育座りを改めました。

着任した矢田部敏夫校長(56)が、集会時に体育座りをする生徒がつらそうにしているのを見たのがきっかけでした。


教員やPTAと相談し、パイプ椅子を導入。

 

集会時は生徒が自分の椅子を出し、終わればしまうのです。

 

準備に5分ほどかかるが、会が1時間を超えても落ち着いて参加できるようになっていました。


床に傷が付くのを防ぐため、椅子の足に専用ゴムを装着する導入費に十数万円かかりました。

 

矢田部校長は「当たり前とされてきた体育座りは生徒に苦痛を強いていた。考え方の転換が必要だった」と訴えています。


同様の理由で群馬県高崎市の中学生から「体育座りを廃止して」と市に意見が届いた例があります。

 

声には出しませんが体育座りが辛いと感じる生徒や学生が多いこと確かなようです。


大東文化大文学部の一盛真教授(58)=専門・教育学、鳥取市在住=は「体育座りは、際だって『日本的』な指導で子どもの人権を保障しているとはいえない」と強調します。


新型コロナウイルス禍の「黙食」やマスクなど多くの窮屈なルールを強いられることが増えた子どもたち。

 

座り方ぐらい自由であっても良いのではないでしょうか。

 

心身によくないことが明らかなのであれば、見直さない理由はないと思います。

 

体育座りが消える?  その1


皆さんもご記憶にあるでしょうね。

学生時代、体育館やグラウンドに座る時に最もスタンダードな座り方は「体育座り」だったのではないでしょうか。

あの座り方どう思います?

 

日本の義務教育でおきまりの「体育すわり」。

 

西洋文化が導入されるまで、畳の上で暮らしていた日本人は伝統的にこういう座り方は絶対にしなかったはずです。

 

古来、畳の上で暮らして来た日本人は座るときは、ほぼ正座かあぐら、または立膝でした。

 

NHK大河ドラマで体育座りをしている武士たちを見たことがありますか?( ..)φメモメモ

 

日本古来の座り方によって、丹田やハラ、周辺の筋肉が鍛えられていました。

 

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こちらは、古代エジプトの第18王朝最後のファラオであったホルエムヘブ(紀元前1323−1295年在位)が異民族の奴隷を数えているレリーフです。

 

この奴隷の顔を見ると、当時のエジプト人とは違う人種であることが分かります。

 

この人々は現在のアスワンからスーダンにかけて存在した民族であったと言われています。

 

 

そしてこちらはジンバブエの囚人の画像です。


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いずれも注目していただきたいのは奴隷や囚人たちの座り方です。

 

体育座りは外国では「囚人座り」と呼ばれているのです。

 

 

体育座りは、確かに数分程度なら大丈夫ですが、長い時間体育座りをしていると、お尻が痛いという経験をした人は多いでしょう。

お尻が痛くなってしまうような、長時間座っているのに向かない体育座りがなぜ学校で標準化されたのかご存じですか?

 

体育座りが学校での座り方として標準化された経緯についてご紹介します。

体育座りが学校で導入されたのは割と最近のことで、1965年のことです。

1965年に文部省から学校で用いられる学習指導要領の補足として「集団行動指導の手びき」が発行されたことが発端です。

この「集団行動指導の手びき」には、体育座りが「腰をおろして休む姿勢」として紹介されており、そのため学校で体育座りが広く導入されました。

 

つまり、それまで学校ではこれといって座り方が標準化されていたのではありません。

 

現代のようにピシッと全員が同じ姿勢で座っていた訳ではないのです。

 

56年前の出来事ですから、体育座りの歴史は意外と浅いと思う人もいるでしょう。


体育座りでお尻などが痛くなったり、女の子は学校の制服がスカートであるため、体育座りに抵抗があったという人も多いと思います。

 

実は、学校で体育座りをしなければいけない規則は存在せず、本来は強制されるものではありません。

 

ですから、体育座りを崩して座っても、規則に反するということはないのです。

 

例えばアメリカの教育の現場では、子どもたちはほとんどの場合は椅子や台の上に座っています。

 

床に座る場合は、体育座りの姿勢を取ることは一切なく、あぐらです。

または人魚すわり。(これは、US School Children sitting などのキーワードで検索するとわかると思います。)などの座り方が一般的です。

 

文部科学省からも「体育の授業などでの座り方として、体育座りが絶対ではない」と発表されています。


周囲が体育座りをしていても自分がお尻が痛くて耐えられない場合には、無理せず楽な座り方をすればよかったのです。

また体育座りのみを座る姿勢として強制することもおかしな話だったのです。


教育の現場では、生徒たちから「お尻や腰が痛む」や「窮屈」などの声が続々上がっています。


現時点では体育座りが廃止になる可能性が出てきているそうです。

 

 

つづく

今がシーズンのカツオ!  その2

昨日の続きです。

 

お祝いの席の定番となっている魚といえば「鯛」ですが、鰹も「縁起物」として重宝されています。


天文6年(1537年)、武将である北条氏綱(ほうじょう うじつな)が釣りの見物をしていた際、一匹の鰹が氏綱の船に飛び込んできました。

 

これを見た氏綱は「戦に勝つ魚が舞い込んだ」と大喜びし、すぐさま出兵した戦では実際に勝利をおさめました。


この話はたちまち広がり、「勝魚」という縁起の良い魚として知られるようになりました。

 

また、結婚式の引き出物の定番となっているのは「鰹節」です。

 

なぜ結婚式で用いられるようになったかをご存じですか?

 

それは鰹節の作り方に秘密が隠されています。


鰹節は、鰹を3枚に下ろしたその半身を、さらに2枚に下ろすことで作られます。

 

鰹の背側の身で作られるのを「雄節」と呼びます。

 

腹側の身で作られるのを「雌節」とよびます。

 

この2種類の「節」が出来上がります。


その「雄節」と「雌節」は、ぴったりと合わさる形になっていることから、縁起が良い「夫婦の象徴」として、結婚式でふるまわれるようになったといわれています。

 

鰹は3月〜6月にかけて、餌を求めて九州から黒潮にのって北上します。

 

この群れは北海道までたどり着きます。

 

その後9月〜11月にかけて、産卵に備えて南下するという生態があります。

 

北上している最中の3月頃に水揚げされた鰹を「初鰹」、その後の鰹は「上り鰹」と呼ばれます。

 

南下中に水揚げされた鰹は「戻り鰹」と呼ばれます。

 

初鰹と上り鰹は赤身の部分が多く、爽やかでさっぱりとした味わいが特徴です。

 

一方、餌をたっぷり食べている戻り鰹は、魚体も一段と大きく、脂がのっていて、こってりと濃厚な味わいが特徴です。


いかがでしたか?

旬の食材を使った食事をすると、普段の生活で見逃しやすい季節の変化を味覚で感じることができます。

 

食材を一番おいしく食べられる旬の時期をのがすのはもったいないと思いませんか。

 

旬の鰹を食べて、自然のめぐみや移りゆく四季の変化を感じてみてはいかがでしょうか。

今がシーズンのカツオ!  その1

 

3月から4月にかけて、環境に大きな変化があったり、新しい職場や人間関係による緊張感やプレッシャーによって、蓄積された疲労が出やすいのがこの季節です。


また、肌寒い日が続くと思ったら、半袖でも汗ばむ夏日になったりと、温度差が激しく体調を崩しやすい時期でもあります。

 

昨日などは車に設置された温度計で外気温が30度と表示されていました。


そんな時は、今が旬の「鰹」を食べることで、季節を感じ、元気をつけてこれから始まる暑い夏に備えませんか?

 

実は私も先日知人から大変立派な新鮮なカツオを頂戴しました。

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とにかくこれを「節」にします!

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その際に出る「アラ」も大切に取っておいて煮付けにします!


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骨以外はほとんど食べることができるお魚です。


良い機会なので今回は、奥深い鰹の世界をご紹介します!


「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」とは、松尾芭蕉と並ぶ江戸時代の俳人、山口素堂(やまぐち そどう)が詠んだ俳句です。

 

春から夏にかけて江戸に住む人々が最も好んだものとして、緑色が鮮やかな「青葉」、鳴き声が美しい「ほととぎす」、おいしい「初鰹」を紹介しています。

 

四季折々の食材を大切にしてきた日本人は、その季節の最初にとれた野菜・果物・穀物・魚などを「初物」と呼びました。

 

「初物を食うと75日長生きする」と信じてきました。

 

そんな「初物」と「鰹」が合わさった「初鰹」は、江戸っ子の中で大変な人気だったそうです。

 

鰹料理の代表選手「鰹のたたき」は皆さんもよくご存知でしょう。

 

鰹の「節」の表面に塩を振って、火であぶりなじませます。

 

その後たくさんの薬味をのせて食べる高知県の郷土料理です。

現代のように、冷蔵・冷凍技術が発達していない時代のことです。

傷みやすい鰹を生で食べて食中毒になるものが後を立たなかった土佐(現在の高知県)では、武将の山内一豊(やまうち かつとよ)によって、鰹の生食が禁止されました。

人々は、それでも鰹を生で食べたいという強い思いを持っていました。

 

表面だけをあぶることで「焼き魚」として食べていたことが「鰹のたたき」の由来といわれています。

 

また、一緒に食べていたショウガ、ニンニク、ネギなどの「薬味」には、殺菌消毒作用があります。

 

昔の人々の知恵から生まれた習慣は、現代でも生活の中に浸透しているのです。


私も高知の人々の「鰹のたたき」への愛情を実感したことがありました。

 

高知へ行ったとき路面電車に乗ったのですが、車内にニンニクの香りがしていたのです。

 

おそらく皆さん「たたき」を召し上がっておられたのでしょう。

 

つづく

近江商人をご存知ですか?  その7

昨日の続きです。

 

中国の経営者がこぞってこの三方よしを学びに来ているといいます。

 

一体どのような理由があるのでしょう?


「聞けば、何千人もの従業員を抱える大企業だと言うんです。
 彼らが言うには『これまで会社を大きくすることができたが、それをどうやって維持していくかがわからない』というわけです。
 
そこで近江商人発祥の地である滋賀にやって来るのだそうです。
 
彼ら曰く・・

「『生産システムはトヨタから学ぶ。最先端技術はイスラエルから学ぶ。でも持続的な経営を学ぶには滋賀に来る』と」


まさにSDGs的経営が世界に広がるにつれ三方よしの評価が高まっているのです。
 
ただ藤野さん(前出)自身は、これからの時代の三方よしを経営に取り入れるためには、別の軸を加える必要があると考えています。
 
近江商人の家訓のなかには、『お客さんの欲しがるものを売るな。自分の売りたいものを売るな。お客様の役立つものを売れ』とある。

いま喜んでもらうのではなく、お客さんが後々『これを売ってもらってよかった』というものを売りなさい、という教えです」


つまり、いまある「よし」ではなく、お客様の「明日によし」、自分の「明日によし」という未来の時間軸なのです。
 
藤野さんらはこの「明日によし」を加えた「NEO三方よし」こそ、持続可能な社会における経営理念構築のために求められている思想だと捉えています。


「いかに様々なステークホルダーを大切にすると言っても、会社が「明日によし」という発想を持たないサステイナブルステークホルダーとはなっていかない」(藤野さん)
 
 
近年、SDGsという言葉をよく聞きます。

 

「Sustainable Development Goals」の頭文字をとり、持続可能な開発目標を意味しています。

 

この「持続可能な」というのは、今だけでなく、将来にわたって地球環境を失うことなく維持しつづけていくことです。

 

なのでSDGsは「将来の世代のための環境や資源を壊さず、今の生活をより良い状態にするための目標」となります。

 

この目標を実現するためには、国や企業などのリーダーが協力して行動していくことが大切ですが、私たち一人ひとりの意識や行動も重要となります。

 

近江商人についてブログを長々と書いてきました。

 

実は私たちの過去の社会の中に、今の最先端の思想と行動があったという事は驚きです。

 

そして近江商人の考え方はどんなビジネスにおいても必ず役立つものだと思われます。

 

まさに温故知新です。

近江商人をご存知ですか?  その6

 

昨日の続きです。

 

お〜いお茶」で知られる伊藤園も、三方よしの考えを積極的に経営に活かす企業の1つです。

 

かつてはマッチョな体質の同社だったが、近年は「世界のティーカンパニー」を目指しています。

 

サステイナブルな経営を推進、2017年12月には全国務大臣が構成する持続可能な開発目標推進本部主催の「ジャパンSDGsアワード」で平成29年度「SDGsパートナーシップ賞」の受賞や環境コミュニケーショ大賞優秀賞、エコプロダクツ大賞など、事業領域全般で目覚ましい活躍をみせています。

 

*(持続可能な開発目標(SDGsSustainable Development Goals))

 

こうした取り組みの原点が「三方よし」だといいます。

 

伊藤園がお茶の製造販売を始めて50年ほどですが、周知のとおりお茶業界そのものは歴史が長いのです。

 

したがって新参者の伊藤園は最初の頃問屋に「お茶の葉を売って欲しい」と言っても取り合ってもらえませんでした。(>_<)

 

創業者の本庄正則さんは全量買い取りを条件に直接農家と契約を開始し、ようやくお茶を仕入れることができるようになりました。

 

毎年全量を買い取ってもらうことは農家にとっては安定した収入が得られ、計画的な投資も可能になります。

 

伊藤園としても高品質の茶葉が安定して手に入れることができる、いわば売り手よし、買い手よしの関係になるのです。


 
お茶栽培農家と買取契約をするだけでなく、農家と一緒に土壌づくりまで行っています。


実はこうした取り組みは伊藤園は創業の頃から行っていたといいいます。
 
この伝統は現在耕作放棄地を大規模茶園に変える「茶葉地育成事業」につながっています。
 
それだけでなく、あわせて他業界からの新規参入支援も行っています。


同社広報室によれば、他業界からの事例では運送業の企業が参入した例があります。
 
運送業は時期によって繁閑の差があるので、その閑散期にお茶をつくることで、仕事の平準化が可能になる。つくったお茶を自社で運べるメリットもある。増え続ける耕作放棄地という社会問題の解決策も提供できる」(同社広報室)


すなわち「世間よし」となります。


ただ同社では前出のイシダのように「三方よし」を企業理念などにとくに明示しているわけではない。打ち出しているのは「お客様第一主義」です。


よく掲げられる言葉だが、伊藤園の場合はその意味するところは一般の捉え方とだいぶ違います。
 
同社のお客様とは

「消費者の皆様」

「株主の皆様」

「販売先の皆様」

仕入先の皆様」

「金融機関の皆様」

「地域社会の皆様」

の6つのお客様となっています。


伊藤園を取り巻く環境自体がお客様という定義づけです。持ちつ持たれつの関係ですから、皆さんが大切な存在なんです」(同社広報室)


同社にとっては世間もお客様なのです。
 
三方よしをどう捉え、どのように経営に活かしていくかはその企業や時代によって変わってきます。
 
SDGsに取り組むことで改めて三方よしや日本の企業の共存共栄型のマネジメントに「まさにその通り」と納得してる経営者もいるでしょう。
 
実際三方よしは世界中から注目を集めています。


前出の滋賀県経済同友会の藤野さんによれば、この数年中国の経営者がこぞってこの三方よしを学びに来ているといいます。

 

 

つづく