昨日からのつづきです。
多くの妊産婦がこの病院で出産していました。
そこでは不思議なことが起こっていたのです。
第二病棟の助産師さんによる分娩だと産褥熱で亡くなる妊産婦は全体の3%でした。
この第二病棟では出産に助産師さんだけが立ち会っていました。
これに対し第一病棟のお医者さんによる分娩だと産褥熱で亡くなる妊産婦は30%と死亡率に10倍の差がありました。
医師や医学生は死体の解剖をよく行っていましたが、助産師は解剖に参加できませんでした。
当時はもちろん素手の解剖であり出産介助です。
その頃研修医だったイグナーツ・センメルヴェイスは、医者の手から出ている匂いが原因ではないかと仮説を立てました。
分娩の前に手を塩素でよく洗うようにしたところ産褥熱で亡くなる妊産婦は激減しました。
(パスツール以前の時代なので細菌という概念はまだない頃のお話です。ちなみに化膿レンサ球菌が原因菌です。)
これを上司に報告したところ歓迎されるどころか「研修医が何をいうか!」と病院を追放されてしまいました。
「医師が自ら病気を引き起こして、結果的に母子を殺してしまっていた」という彼の指摘は当時の権力を持った医師たちとって許しがたいものだったのです。
1849年にウィーンを離れたセンメルヴェイスは、産褥熱の原因や予防についての著書を発表し、学会にも訴えましたがやはり認められる事はありませんでした。
当時の医学会は大変な圧力で「反射的に」彼を潰そうとしたのです。
ついに彼は「頭がおかしくなった」と烙印を押され強制的に精神病院に入れられそうになりました。
彼は逃げ出そうとしたとき取り押さえられ、その時の看守による暴行で負った怪我が原因で亡くなりました。
今では手洗いの生みの親として語り継がれる偉人ですが、本当に不遇な人生です。
その後、このセンメルヴェイスのこれらの経緯はあまりにも有名になり一つの社会学用語となりました。
少数派が正しいことを言っても多数派から反対されることや、多数派の理不尽な攻撃的な反応を『センメルヴェイス反射』と呼ぶようになりました。
昔も今も人の営みは大して変わらないようです。
人は誰でも自分が正しいと信じて人生掛けて取り組んできたことを否定されれば、それは面白くないでしょう。
今までやってきたことが間違いだったとわかったとしても、それが人の命にかかわることならなおさら間違いを認める訳にはいきません。
今の地位も危うくなりますから、自己保身に走るのも無理もないことです。
ここまで書き進んできましたが、日本でいくつも同じようなことが起こっていますね。
その一つが森友学園をめぐる近畿財務局の証拠隠しの事件です。
まともな正義感を持った公務員が、結果的に自ら命を絶たなければいけないようなことが現実におきています。
本当に理不尽な事件です。
彼は権力側に理不尽な仕事を強要される対象となってしまったのですが、ひどいことに死してまだ国や財務省の「証拠隠し」という攻撃をうけています。
コロナ禍の「手洗い」を綴るつもりが、気づけばこんなところまできてしまいました。
『センメルヴェイス反射』という言葉は「手洗い」とあわせて覚えて頂きたいと思います。