昨日の続きです。
過去の大戦では、広島、長崎。
そして去年の福島で、核の被害にあった国であるからこそできる覚悟もあるはずだ。
もしも次世代の再生可能エネルギーの実用化に成功するとしたら、この日本しかないだろう。
それと共に、安全なエネルギーと、平和のための具体的な行動を伴う政治を展開できるとしたら、そこにこそ人生をかけてもいいと思うのは、僕だけだろうか。
それを、同じことなのに、違うようにも言える。
日本は豊かだ。
だから狙われる。
守らないと。
戦わないと。
なぜ、僕らはこんなに短絡的なんだろう。
なぜ、攻められたら戦うという単純なものしかイメージできなくなっているのだろうか。
誇れるとは、何なのか。
いろんな国と協調したほうが誇れる。
戦いを回避する強い意志と行動があったら誇れる。
やみくもに平和を信じる甘えではなく、具体的な政治バランス、交渉。
ただ銃を向けるより、よほど誇れて、現実的な解決策だと僕は思う。
さて。
今回は、311の被災地支援、福島第一も煙と放射線をモクモク出している中での、初の選挙です。
だからこそ少なくとも僕の目には、かつてなかったレベルで多くの人が強い興味と関心と、そして決意を持って投票に臨もうとしているように映っています。
でもその決意の割には、政党がぐちゃぐちゃで、しっかり考える時間もなく、もう投票日。
静かな絶望がひっそりと忍び寄ってくる感じがする。
いよいよヤバい感じがする日本(だと僕は感じています)。
でも、そうじゃない未来があります。
教授、大貫さんが言ってましたね。「音楽は、希望よ」って。
これからも、心が折れそうになる現実の中で、僕らに音楽で希望を感じさせてください。
そして、たまにこういう話もいっぱいしてくださいね!
(平野友康)
つづく