一方、小栗を乗せた土車は、この後も道行く人の手から手に曳かれ、運ばれ、ついに険しい熊野の山坂を越えて本宮にたどり着きます。
ここで小栗は、熊野山伏に姿を借りて現れた熊野権現に介添えされて念願の湯の峰の霊湯、壺の湯に身を浸すことができたのです。
すると権現の霊験もあらたかに、7日目には両眼が開き、14日目には両耳が、そして三七、21日目には再び元の美しき小栗に戻ったのです。
(湯の峰には今も、引き続けた土車を埋めたと云われる「車塚」や、見事蘇生を果たした小栗判官が力試しに持ち上げたとされる力石が残されています。)
こうして全快した小栗は、京に赴き父の大納言と対面します。
その奇跡が時の天皇(みかど)の耳に入り、小栗は常陸・駿河の両国に合わせ美濃の国も与えられました。
美濃の国守として三千騎を率いて青墓の宿を訪れた小栗は、照手姫の働く遊女宿に上がります。
小栗は「常陸小萩」(照手姫)の酌を希望します。
国守を小栗とは知らない照手姫は嫌々ながら酌をします。
しばらくすると小栗が照手姫を見つめ自分の身の上を語りだした。
「じつは小萩殿、私は常陸の国の小栗と申します。
相模の国の照手姫に恋をし、三年前婿入りをしました。
しかし、それが原因で義理の父の怒りをかい、毒酒を飲まされ、冥途に送られてしまいました。
部下たちのおかげで、わたしはなんとかこの世に戻ることができましたが、墓からはいでると、体は餓鬼のようにやせほそり、身動き一つできませんでした。
閻魔大王や、藤沢の上人そして、多くの人たちによって、私は助けて頂いたのです。
その中でも特に、美濃の国、青墓の宿の「よろづ屋」にいる常陸小萩という人は親切でした。
私の胸の木札に、
あなたが無事に熊野の湯につかり、病が全快したときは、どうか一晩、わたしのいる宿にお泊りください。
一目だけでも、またお会いしたいのです。
と書いてくださいました。
ですから、私はこうして会いに来たのです」
そう小栗は語ったのです。
つづく