hayatouriの日記

はやとうり の独り言

「はじめてのおつかい」が世界でバズる!  その2

昨日の続きです!

 

日本テレビの海外事業部が敢えて直訳せず「短くて世界で通じるキャッチーさ」にこだわって考えたものらしいです。


その狙いもあってか、予想以上の反応を受けています。


初動の段階からツイッターTikTokなどSNS上で「愛くるしい」「一気見した」といった番組の感想を投稿する数が増えました。

 

欧米の大手海外メディアやセレブも積極的にその現象を取り上げ始めています。


番組の中身のみならず、日本の番組作りの独自性や子育て論にまで発展しているほど話題になっています。


では、なぜ配信直後から「はじめてのおつかい」が海外で話題になっているのでしょうか。

 

要因は大きく分けて2つあると分析されています。


世界的に見た中で“日本らしさ”が最大の売りになっていることが理由の1つ目です。

 

日本の特に昭和の時代は子どもの「おつかい」はお手伝いの一種であり、身に覚えがある方も多いでしょう。


今の時代の「おつかい」は住む場所によっては危険性を伴うものへと変化しています。

 

しかし番組では地域が見守ることで成立する「日本の古き良き慣習」として紹介されています。

 

その付加価値として北海道・函館や福島・喜多方、東京・月島、宮崎・日南などを舞台に日本の原風景や食、伝統がさりげなく伝えられています。


それが外国の人たちには“日本らしさ”として映るようです。

 

確かに私が子供の頃には、よく「おつかい」に行かされた記憶があります。

 

まだまだ地域には小さなお店がたくさんあって、その地域に住んでいる人たちのお家も顔も、家族構成もみんなわかっていました。

 

必要なお金を持たされて、お店にお豆腐やタバコや卵など買いに行ったものです。

 

そして報酬と言ってはなんですが、わずかばかりの好きなお菓子を買うことができました。

一回買ったばかりの卵を転んで割ってしまって帰ったことがありますが、それでも親は私をきつく叱る事はありませんでした。

 

おそらく外国ではよっぽどの田舎でない限りこのような「おつかい」はできないのではないでしょうか。

 

先日も、セルビアの女性と日本でブームになっている「ぼっちキャンプ」の話をしました。


そうすると彼女は「そんな危険な事するなんて考えられないわ」と非常にびっくりしていました。

 

自然災害の危険ではなくて、治安上の問題のことを言っているのです。

 

外国の人々から見れば、子供が1人でお金を持って出かけられる「治安の良さ」も日本の魅力として映っているのかもしれません。

 


そして以前はその国の文化や習慣が色濃く反映された番組は“異質なもの”と捉えられがちでした。


海外流通させるために手の込んだアレンジが必要となりました。


今の配信時代に入るとそれが“独自性”へと変換され、海外流通されやすくなっています。


さらにSNSを通じて発展していく傾向が高くなっています。


実際に「はじめてのおつかい」を巡って、日本独自の背景を持った「おつかい」文化に関心が向けられています。

 

また欧米のスタンダードに合わせて番組を大きく作り変えることが必須ではなくなってもいます。


Netflixで配信されている「はじめてのおつかい」は過去の映像が十分に活かされています。


日本の放送版との明らかな違いは、1話の尺を主役の子どもごとに10分~20分の見やすい長さに再編集している点のみです。

 

スタジオでのタレントのコメントはカットされています。


あとはB.B.クイーンズが歌うあのオープニングソング、日本語のいつものナレーションが流れ、日本独特の色とりどりのテロップもそのままです。

 

英語をはじめとする31言語の字幕付きで提供されています。


「はじめてのおつかい」が海外でバズった要因の2つ目は、その背景にビジネス戦略が組み立てられていたことです。


そもそも日本テレビにとって「はじめてのおつかい」の海外展開の真の目的は当然ながら収益化です。


この番組の海外展開は今回が初めてというわけではありませんが、世界最大規模の配信プラットフォームNetflixを利用したことが重要です。

 

さらに認知度が拡大し、世界中でリメイク化の機運が高まっていることを日本テレビ海外事業部も認めています。


一方、Netflixはドラマや映画のみならず、リアリティーショー番組の多様性にも力を入れる方針を進めています。


日本で長年にわたり人気を誇り、撮影方法からコンセプトまで独自性のある「はじめてのおつかい」は魅力的なコンテンツであったようです。


つまり、日本テレビNetflixの双方が合致した戦略の結果としてバズを生み出したといえます。


すでに「はじめてのおつかい」の海外リメイク化は進められています。


海外における子ども向け番組の需要は日本以上に高いのです。

 

ファミリー層にも受けが良い「はじめてのおつかい」は海外で年々契約数を増やしています。


2007年にイタリアで現地版が制作・放送されたのを皮切りに、2009年にイギリス、2011年にベトナム、2013年に中国、2019年にシンガポールで現地版が制作・放送される実績を作っています。


ベトナムではシーズン6まで続く人気ぶりで、シンガポールでもシーズン3の制作が決定し、ヒットしていることがわかります。

 

さてここまで「はじめてのおつかい」の最近の世界でのバズりぶりをお伝えしましたが、私はやっぱり子どもに感情移入しすぎるので・・・困ったものですネ(*_*;

 

 

 

 

「はじめてのおつかい」が世界でバズる! その1

 

皆さんは「はじめてのおつかい」というテレビ番組をご存知でしょうか?

 

というか大半の人は知っていると思いますね。

私自身は正直この番組は少し苦手なのです。

 

子供は素直で純粋です。

 

だからこそ子供に感情移入しすぎてしまうのです。

 

あ〜そこまでさせないでぇ〜と(´༎ຶོρ༎ຶོ`)


もう一つ苦手なバラエティーがあって、「ご長寿クイズ」でした。


「ご長寿クイズ」は高齢者がクイズの質問に対してトンチンカンな回答するのを「笑いにする」という企画なのですが。

 

私の仕事柄、どうしても対象は高齢者の方が多くなります。

 

時には認知症の方などもいらっしゃいますし、つじつまの合わないお話にもできるだけ耳を傾けてお話しをお聴きします。

 

そんな日常なので、私はどうも高齢者のクイズ回答を「笑いにする」ことができなかったのです。

 

私にとっては笑えない番組でした。

 

だからもう長い間この類のバラエティーは見ないようにしています。

 

さて、いよいよここからが本題です。

ともあれ「はじめてのつかい」は全国的に高い人気を誇っています。

しかし、実は今この番組が海外でバズっているようです。


Netflix公式アカウントが4月12日にツイートし、その事実を明らかにしています。


ではなぜ、ここにきて国境を越えて話題を呼んでいるのでしょうか。


子供は3歳ぐらいになると自我が芽生え始め、小さな子どもでも徐々にひとりでできることが増えてきます。

 

「はじめてのおつかい」では親の代わりにひたすらに役割を果たそうとするその様子はあまりにも健気で純粋です。


途中、転んで泣いたり、忘れて遊んだり、時に変装したカメラマンに気づきそうになったりと、ハラハラドキドキの連続です。


初回放送は1991年で、当時、日本テレビ系列で放送されていた情報番組「追跡」のワンコーナーから始まった企画でした。


この番組終了後、1994年から「はじめてのおつかい」の番組タイトルで単発番組の放送が続けられ、現在は夏と新春の時期の特番として定着しています。


そして、この春から番組史上最大規模となる世界展開が加わりました。


2022年3月31日からNetflixを通じて過去の放送から「おつかい」場面を集めた計20話の世界同時配信が190か国以上で始まりました!


2億人以上のNetflixユーザーに届けられています。

 

Netflixの棚に加わった海外用のタイトルは「Old Enough」です。


日本語にすると「もう大きいもん」というような意味でしょうか。

 

 

つづく

通知表をなくした小学校が現れました!  その4

昨日の続きです。

 

21年12月校内研修会が行われました。

 

前年とは打って変わって、一定の手応えや前向きな課題を話す教員の姿が目立ちました。

 

2年の教員は、子どものテストをファイルにして、保護者に励ましのコメントを書いてもらう取り組みがうまくいっていると報告しました。


5年の教員は、テストの点数を記すのをやめたと語りました。

 

Y教諭は、通知表に評価を付ける際の「根拠」が必要なくなったからできたことだと説明します。

 

そしてY教諭自身も点数付けをやめました。

 

Y教諭は話します。

 

「テストの目的は、理解していない問題を把握して次の学習につなげること。入試なら話は別だが、普段のテストで『この問題は5点の配点』『あの問題は10点』ということに何の意味もない」

 

私も個人的には全く同感です!(^O^)/


通知表の廃止は、教員の時間的な余裕も生み出しました。

 

通知表を付けていた時は、評価の「根拠」をまとめたり、何度もチェックを繰り返したりして、何十時間もかけていました。

 

その時間がなくなった分、子どもたちの様子をよりきめ細かく見られるようになったのです。

 

保護者との面談も充実させ、普段の子どもの姿を直接伝えるように心がけています。


通知表廃止から3回目の春。

 

「他人と比べる」という価値観から距離を取り、評価とは何かを学校全体で深く考えました。

 

評価はどうあるべきかを突き詰めた2年間を経て、香川小は確かに変わり始めたといいます。

 

国分校長は語ります。

「小学校だからできたことだ、という自覚はあります。」

「例えば公立中学校での通知表廃止は極めて難しのです。高校入試は、中学校の成績が内申点として合否に影響するためです。」

「社会に出ても、競争や他人の評価と無縁で生きるのが容易でないことは重々承知しています。」


「小学生だって、中学受験に踏み出せば塾などでシビアな競争にさらされるのが現実です。」


「しかし優劣を比べるのが当たり前といった今の社会を覆う価値観。それに染まりきる前に、それが全てではないと肌感覚で知っておくことは、決して無駄ではないと信じています。」


「小学校くらいは『できる』『できない』で比べなくてもいい。この挑戦が他校にも広がることを願っています。」

 

4回にわたって少し長くなりましたが香川小学校の取り組みをご紹介しました。

以前にもブログで取り上げましたが、校則を始め学校の当たり前や常識を打破しようとする取り組みが様々行われるようになっています。

子供たちを中心に、教育や学校のあり方を見直すべき時代に突入していると言っても過言ではないでしょう。

 

 

通知表をなくした小学校が現れました!  その3

昨日の続きです。

 

学校で21年1月、保護者アンケートを実施すると、100人超から回答が寄せられました。

 

実は通知表廃止に対する激励は多かったのです。

 

「わが家は賛成。テストや宿題で子どもの得意、不得意は分かる」

 

「数字だけでは評価されない、細かい部分まで見てくれていた」

 

「日常を評価してもらい、子どもにとってより励ましを得られている」


一方で、懐疑的な意見もやはり少なくありませんでした。

 

「日ごろ頑張ってきたことが一目見て分かるものだったので、なくなってしまいとても残念」

 

「中学校でも社会に出ても評価はつきまとう」

 

「この先ずっと競争が続くのだから、自分がどの程度のところにいるのか知っておくべきだ。塾なら模試などで分かる。学校が塾を推奨しているように感じる」

 

国分校長は「校長室に遊びに来た子から『ほめられるために頑張ってきたのに』と復活を求められることもあった」と語ります。

 

それでも、思いは揺らいでいませんでした。

 

「5年後、10年後に子どもがどう変わったかが見たい。もうちょっと頑張らないと」と話します。

 

通知表廃止は2年目を迎えました。

 

この時点で、子どもたちに目に見える変化は現れていません。

 

それでも、教員は変わってきていたのです。

 

通知表がなくなったことで、子どもに優劣を付けるのが当然という発想から自由になったのです。


21年10月の運動会です。

 

コロナ禍で種目数を減らしたこともあり、これまで紅白対抗で点数を競っていたのをやめました。

 

4年の担任だった教諭は同僚と話し、学年の団体競技「台風の目」での目標を「本番で練習よりタイムを縮める」に決めました。

 

5クラスが一斉に走り、順位は付きました。

 

これまで、順位が発表されると1位のクラスは大喜びするが、3位、4位となると冷めたようなリアクションにとどまっていました。


しかし、この日は違ったのです。

 

子どもたちは順位より、何秒で走り切れたかに注目していました。

 

「5秒くらいは縮まったんじゃない?」

 

ワクワクとどきどきが入り交じった、そんな声が漏れていました。


1組から順にタイムを発表。

 

そのたびに大歓声が上がり、クラスの仲間とハイタッチしたり、「すごい!」とたたえ合ったりしています。

 

5クラス全てが記録を更新していたのです。

 

最下位だったクラスの子どもも「自己ベストが出たよ」と大喜びで校長室に報告に行きました。

 

教諭は「目指す評価はこれだ」と確信したといいいます。

 

つづく

通知表をなくした小学校が現れました!  その2

昨日の続きです!

 

M教諭は

 

「通知表はインパクトが強すぎる。いくら『通知表には表せない力がある』とほめても、子どもの耳に入らなくなってしまう」とも語っていました。


ただ、M教諭のような廃止論は当初、大勢ではIなかったようです。

 

ほかの教員からは

 

「モチベーションになっている子どももいる」

 

保護者は通知表がないとさみしいのでは」

 

という意見が当然出ました。

 

ほかに、こんな意見も出たようです。

 

「3年生以上も2段階評価で統一することで、子どもの間に序列を付ける副作用を和らげてはどうか」

 

意見が分かれる中、議論のまとめ役を担ったY教諭は

 

「何のために通知表を出すのか、という原点に戻って考えよう」と熱心に説いてまわりました。

 

Y教諭

 

文部科学省は、学習評価の在り方について

「評価のための評価」で終わらせず、子ども自身が学んだことの意義や価値を実感し、目標や課題をもって学習を進めていけるようにすることが大事だと指摘しており、教員の指導の改善に役立てることも重要だとしている・・と。

 

評価というと、通知表やテストのようなものばかりが頭に浮かびがちです。

 

しかし、毎日の授業で子どもの取り組みに声をかけるのも、提出物にコメントを付けるのも、まちがえなく評価の一つの形です。

 

Y教諭も子どもたちの学びを後押しする観点から考えたとき、通知表は望ましい評価の手段だろうかという問題意識を持っていたのです。

 


教員たちは意見を交わしました。

 

国分校長は極力、口を出さずに議論を見守りました。

 

校長の権限を振りかざすだけでは、この学校に根付かないと考えていたからです。

 

話し合いは2年間に及び、最終的に廃止が決まりました。

 

通知表廃止を決めた20年4月からの新年度は、新型コロナウイルス感染拡大による一斉休校という異例の事態の中で始まりました。


学校はコロナ対策で手いっぱいになりました。

 

その結果保護者に対し、通知表を廃止する意図を十分に説明しきれませんでした。

 

すると、保護者からは「通知表のように、紙として残るものを作ってほしい」との声が上がってきました。


そこで国分校長は、子どもに自己評価シートを書かせることを提案します。

 

子ども自身に、半年間の学習を振り返らせようとしたのです。


ただ、実際にやってみると、半年間の学習を今後の学びにつながる形で振り返れた子どもは少なかったのです。

 

教員にとっても、一つ一つにコメントを付ける負担は大きくなりました。


この状況に、慶応大の藤本和久教授はアドバイスします。

 

藤本教授は定期的に香川小を訪れ、授業の見学や助言をしています。

 

「自分が学んだことを言語化するのは大学生でも難しい。逆上がりがどうしてできるようになったのかは本人にもよく分からないというのと似ている。振り返りにこだわりすぎなくてもいいのでは」


教員は試行錯誤の連続でした。

 

通知表をなくした代わりに、これまで以上に子どもの変化や成長に気付くようになりました。

 

メッセージで伝えたり、提出物をこまめに返して保護者に学習状況を知らせたりしようと心がけました。

 

その結果、「時間がかかりすぎて授業づくりができない。本末転倒だ」と頭を抱える教員もいました。

 

つづく

 

 

通知表をなくした小学校が現れました!  その1

 

5月の連休に突入してしまいましたね!

どこかへお出かけの計画はお有りでしょうか?

今日はお天気が良かったので、空き家になっている実家の周りの草取りやら掃除に行って参りました。

田舎あるあるですが、連休の間には草刈り機(刈払い機)の爆音がそこかしこに響いております。

 

兼業農家さんなのでしょうか、連休中の天気の良い日に田んぼのあぜ道などの草を刈っております。

 

車で移動途中で小さな子ども連れのご家族と遭遇しましたが、今思うとそんな時期が楽しかったですね。

 

交通事故に注意して連休を楽しんで貰いたいと思います。

 

 

さて今回は学校の通知表のブログをあげてみたいと思います。

 

「通知表」「通信簿」などと呼ばれますが、小学校などで学期末、学年末に渡されるあの成績表の事ですね。

 

最近この通知書が何やら話題となっているのです。

 

神奈川県のある公立小学校は、2020年度から通知表を廃止ししました。


学期末や学年末になると、先生から通知表を受け取った子どもたちが一喜一憂するのは、昔から全国で一般的な風景です。


廃止は公立小としては極めて異例の取り組みです。


なぜやめたのでしょうか?


疑問はほかにもあります。


成績が分からないと、なにかと困るのではないでしょうか?


そもそも法律や制度的に通知表を出さなくてもいいのでしょうか?


疑問はいくつも溢れてきます。

 


神奈川県茅ケ崎市立香川小学校。

 


各学年は5~6クラスあり、全校児童が千人を超える大規模校です。


国分一哉校長は、以前から通知表の在り方に疑問を持ってました。


18年4月に着任後、教員にこう問題提起しました。


「良い評価が多かったら喜び、そうでなければ悲しむだけ。それでは意味がないのではないか」

 

んんんっ!


通知表に意味がないとも取れるこの発言。


通知表をやめることも視野に入れた問いかけに、教員たちはびっくり仰天(@_@)


通知表は全国のほとんどの小中高校で配布されています。


その起源は明治時代にさかのぼると言われ、保護者に学習状況を伝えたり、子どもの学習意欲を高めたりすることが目的とされています。


ただ、国が形式を決めているわけではなく、校長の裁量で内容を変えることは可能なのだそうです。


名称も「通知表」「通信簿」「あゆみ」などとさまざまな種類があり、実は作成義務もないものだそうです。


つまり、廃止することも理論的には可能なのだそうです。


香川小で当時使われていた通知表は、1~2年生を2段階、3~6年生を3段階で評価しています。


2学期制のため、児童は年に2回、通知表を受け取ってました。 

 

校長の問題提起を受け、教員同士の議論が始まったのです。


すると、現行の通知表に問題があると考える教員は、少なくないことが分かりました。


ベテランのM教諭もその一人です。


「まるで偉い人のお告げみたいに、子どもをランク付けしてしまう。有害なんです。ずっと嫌だと思っていました。」


M教諭は違和感を抱いていたといいます。


最高評価の項目が多ければ人格的にも優れ、真ん中の評価ばかりなら平凡な人―という図式。


成績を付ける側にそんな意図がなくても、子どもも周囲もそんな風に受け取り、優越感や劣等感を抱いてしまうのでは。


勉強が得意な子もいれば、苦手な子もいます。


「できる」ことだけを評価するのでは、光が当たらない子どもも多いのです。


だからM教諭は、いろいろな観点から子どもをほめようと心がけてきました。


「やりきったね」

「優しく言えたね」

「面白いね」


普段からのそんな声かけが、たった半年に1回の通知表で台無しにされているように感じていたのです。

 

 

つづく

 

お世話になってます!パルスオキシメーターの話  その2

昨日からの続きです!

 

 

医療機器メーカー日本光電に勤めていた研究者の青柳卓郎さんは、このパルスオキシメーターの生みの親です。


今やその名は世界的に有名となっています。


青柳さんが注目したのは、酸素と結合した酸素化ヘモグロビンと、結合していない脱酸素化ヘモグロビンで話「赤い色の光を吸収する度合い」が違うことでした。


そのため酸素を多く含む血液は鮮やかな赤色に、酸素の少ない血液は黒い赤色に見えるのです。


パルスオキシメーターはこの吸光特性の差(赤みの差)を肌の表面から観測できるのです。


例えば「荷物を配送中のトラック」と「荷台が空のトラック」の割合を知ることができるのです。


皆さんも経験があると思いますが、パルスオキシメーターを指先につけると、酸素飽和度の推定値を瞬時に算出してくれます。


しかも以前は動脈から直接採血していたのが、指に小さなキャップをつけておくだけでリアルタイムに変化を知らせてくれます。


まさに驚異的な発明だったのです。


もっと詳しくは日本光電のホームページに開発にかかるエピソードが詳しく紹介されています。

👆 クリック

 


しかしこの開発も順風満帆であったわけではありません。


青柳さんがこの原理を学会で発表したのは1974年、翌年パルスオキシメーターは商品化されますが、当時は全く注目されず研究は中断します。


その後アメリカで全身麻酔手術中の患者が酸素不足になって死亡する事件が相次ぎ、パルスオキシメーターは再び注目を集めることになります。


今や医療現場では生体情報モニタリング機器、例えば「バイタルサインモニター」などにも当然のことながら組み込まれています。

 

これはすでに青柳さんが研究を始めた当時から指摘していたことです。

「パルスオキシメーターはこれからは様々な医療機器に必然的に組み込まれていくだろう」と。


パルスオキシメーターを使って得られる血液中の酸素飽和度の推定ちわ「SPO2」と呼ばれています。


Saturation(飽和度)  percutaneous(経皮的)O2 (酸素)という意味です。


「肌表面から測定した酸素飽和度」と言う意味です。


ちなみにこの数字の正常値はおよそ96〜98%。


つまり健康ならばほぼ100%に近い数字が出ています。


正常な人体は常時ほぼ飽和状態に近いレベルの酸素で満たされていることになります。


2020年4月コロナ禍の真っ只中、残念なことに青柳さんは84歳の生涯に幕を閉じました。


日本国民、全世界の人々にとってこの青柳さんの発明「パルスオキシメーター」は紛れもなく歴史に残る偉業だったのです。