hayatouriの日記

はやとうり の独り言

ギフテッド教育について考える  その2

前回の続きです。


ギフテッド教育では、突出した能力に合わせてカリキュラムを進めることで、ギフテッドの子をサポートしていきます。


特にアメリカではギフテッド教育が盛んです。


例えば、ギフテッドの子向けのクラスを設置する、飛び級、夏休みの間にギフテッド向けの集中講義を行うなど、様々な方式のギフテッド教育が実施されています。


しかし、日本の場合は、残念ながら特別な才能を伸ばしていくための教育の議論や導入はまだ十分に行われていない状況です。


日本ではまだギフテッド教育が浸透しているとは言えない状況ですが、先進的な事例もあります。


いくつか紹介していきます。


渋谷区のギフテッド教育


渋谷区では2017年9月よりギフテッド教育に取り組んでおり、ギフテッドを「全般的または特定の分野で高い能力を発揮する子ども」と定義しています。


初年度の2017年には8回の特別なプログラムが実施されました。


プログラムの内容開発に協力するのは、2014年から「異才発掘プロジェクト ROCKET」にもかかわってきた東京大学先端科学技術研究センター。


初年度には、書道家武田双雲氏、ロボットクリエイターの高橋智隆氏を招いた講義が行われました。


小学3年生から中学3年生までの下記の児童・生徒が対象となっています。


(1)特別支援教室拠点校の巡回指導教員による指導を受ける児童
(2)情緒障害等通級指導学級に在籍する生徒
(3)長期欠席児童・生徒

 

翔和学園
東京都中野区の翔和学園では、特別支援教育としてギフテッド教育が行われています。


学校として実施している貴重な事例です。


言語に関わるIQが130以上の子どもたちに理数系に特化した個別教育が実施されています。


翔和学園の「ギフテッド・クラス」では、才能児であると同時に発達障害などの障害をもつ「二重に特殊な(2E:twice-exceptional)」に当てはまる子どもたちを対象としています。


才能よりも障害の治療に焦点が当てられて、才能を伸ばすことを目標とされなかった子を伸ばしていくことが目的です。


才能児であるからこそ学習を個性化して専門的な支援が必要という想いが込められています。


翔和学園の学校ホームページによると、ギフテッド・クラスは次のような特徴があります。


(1)Acceleration(量とスピードの違い)
■上位学年相当の学習内容毎に子どもの個性に応じて先取りして学習していきます。


(2)Enrichment(質的な違い)
■普通学校のカリキュラムの内容を超えた学習をその子どもの適性に合わせて行います。


(3)特別プログラムの実施
■普通学校のカリキュラムの内容にはない学習をその子どもの適性に合わせて行います。


・個人学習・プロジェクト:テーマを決めて成果を発表します。
・実地見学:博物館・美術館・工場・研究施設などに訪問。興味の刺激を行います。
・専門指導:専門家による指導を実施します。
・長期休暇プログラム:合宿・キャンプ等を実施します。

 

つづく

ギフテッド教育について考える  その1

 

前回のブログの中で少し取り上げましたが、「ギフテッド教育」についてもう少し調べてみましょう。

そもそもギフテッドとは何なのでしょうか。

ギフテッドは英語で書くと「Gifted」で、単純に訳せば「与えられたもの」「贈り物」といった意味になります。

 

つまり、神様や天から特別な才能を与えられた子どものことを「Gifted(ギフテッド)」と呼ぶわけです。


日本において、どういった子どもがギフテッドなのかという明確な定義はないようです。

 

ギフテッド教育が盛んなアメリカでは、概ねIQ130以上の子どもがギフテッドと呼ばれることが多いようです。

 

ところがIQでは測れない範囲での才能を示すギフテッドもいるので、IQが高いことがギフテッドの絶対的な条件ではありません。


ギフテッドは、その特徴からASDADHDなど発達障害の子どもたちと判断がつかないことがあります。

 

お子さんがギフテッドなのか、発達障害なのか、あるいはそのどちらでもないのかは個人で判断することはとても難しいのです。

 

気になる方は、不正確な情報を鵜呑みにすることなく医療機関を受診することをおすすめします。

 

生まれつき特別な才能を持ったギフテッドの子どもたち。ギフテッドには、なぜ特別な教育が必要なのでしょうか。


ギフテッドの子どもたちは、一般的に生きづらさを抱えていることが多いと言われています。

 

その多くは、周りの子どもと違う特徴を持っていることが原因です。

 

他の子どもよりも勉強ができすぎたり、特定の物事ばかりに熱中しすぎたりしていると、社会生活の中で関係性を構築するのが難しくなってしまう場合があります。

 

ある分野に対して理解が遅い子どもに対してケアが必要なように、ある分野に対して理解が早い子どもに対しても、それと同じようにケアが必要と考えられます。


これは子どもたちの関係性の中だけにある問題ではなく、教育現場にも問題があります。

 

日本の小学校ではまだまだ全員が同じスピードで学ぶことを重視していることが多いため、突出した才能を持つ子どもたちの扱いに困ってしまう先生も多いようです。

 

その結果、浮きこぼれという現象が起こります。

 

ある分野に対してついていけないことを「落ちこぼれ」と呼びますが、優秀すぎる結果として「浮きこぼれ」になってしまうのです。

 

その結果として、周りの子どもたちと馴染めなかったり、疎外感を抱えながら生活を営んでいくことになってしまいます。


才能のある子どもたちの芽を摘まないために、日本でもギフテッド教育を拡張していくことが必要だと言えるでしょう。

 

 

つづく

異才を発掘する  その5

 

突然ですが強くて恐ろしい位の巨大台風14号が日本列島を襲いそうです。

 

気象庁の報道などを見ると、かつて経験したことがないような台風のようです。

お互いにとにかく今から準備を進めて、何とか無事にこの数日を過ごしたいものです。

 

皆様もどうぞご安全に!

 

昨日からの続きです。

中邑賢龍さんは続けます。

 

「でも、それでいい。『虫を探せ』はきっかけにすぎず、興味を持ったことがその子にとっての答えであり学びなのです」


今の世の中は「こうあらねば」が強すぎると中邑氏は指摘します。


「学習指導要領もガチガチに設定され、学びも点数化されている。

 

STEAM教育だって点数で評価されがちです。

ギフテッド教育オルタナティブ教育の1つになるといいですが、人を評価する軸となっていくことを危惧しています。

 

科学技術が進んだ今、膨大な知識を学ぶには、効率よく組織的に教わらなければトップレベルまでたどり着けません。


そういう教育の流れがあることは理解できますし、否定しているわけではありません。


しかし、そればかりでは世の中はつまらなくなってしまう。


もっと自由な発想の中でいろんな事象を考えていくことを子どもの教育に組み込まないといけないと思います」


テストの点数で成績が決まり、いい学校に入っていい会社に入ることを目指すような昭和モデルの流れのままでは、「イノベーションは生まれない」と中邑氏は言い切ります。


「よく平等が強調されますが、みんなが同じことをできるわけはないんです。

 

そもそも世の中は不平等。

 

だけど、人生を楽しむことや学ぶことの楽しさを教えることはできると思うんです。


小学校まではそれを徹底的に教え、『あとは好きにやれ!』でよいのではないでしょうか。


そして互いを認め合い、違うことをやっている人と手を組むという教育をしたほうがいいと思います。


今後のLEARNの青写真をどのように描いているのかの問いかけに中邑氏はきっぱりとこう言いました。 

 

「どうなるかわかりません。


僕の心の中にはないわけではないけど、それを口にしてしまったらおしまい。


僕が軸をつくってしまうと、『そこから外れたらダメ』と思わせてしまう。


よく『引きこもりの子を何人変えるのか』など目標を期待されますが、引きこもりは悪くないし、そもそも子どもを変えようと思っていません。


僕たちは、子どもが傷ついて悶々としているのが嫌なんです。


子どもたちがニコッと笑って過ごせる場所ができたらそれでいい。


そんな場を面白く続けていくだけです。


社会から見たら理解しにくいプロジェクトかもしれないけれど、それでも応援してくださる方がいる。


東大という名前があるからできる活動があり、それを活用するのが僕の今の役割かなと思っています」


子どもたちがそれぞれ個性を発揮できるよう、多様な学びの場を提供するLEARN。


 今後どのような展開が生まれていくのか、注目されます。

 

そして今回のブログの中でも登場した「ギフテッド教育」とはどういうものなのか?

次回はそのことについて調べてみたいと思います。

異才を発掘する  その4

昨日の続きです。

中邑研究室では、以前からICTを活用した障害児の教育課題研究なども行ってきました。

 

※ICT(Information and Communication Technology)とは、情報処理および通信技術を総称する用語であり、日本語では情報通信技術などと訳されます。

 

このプロジェクトでは重度重複障害児・者とその保護者のコミュニケーションを支援する「LEARN in FOREST」や、18歳以降の進路先が限られてしまっている知的障害者の学びや働き方を支援する「LEARN with YUTAKA COLLEGE」なども行っていきます。


自治体や学校との「LEARN in Public Schools」もあります。

 

例えば広島県と東京・渋谷区では、ROCKETで行うプログラムに不登校の子どもが出席扱いで参加できる体制にしてきました。

 

そこでLEARNでも引き続き連携するといいます。

 

特別支援教育におけるICT活用「魔法のプロジェクト(ソフトバンクとの共同研究)」も継続します。


「僕らだけでなくいろんなオルタナティブな学びと学校が連携すれば、もっと学びは多様化していくと思います。

例えば数学が得意な子は、堂々と学校を休んで外で学べるようになる。

今議論が始まっているギフテッド教育もそれでよいのではないでしょうか」


こうしたプログラムをそろえ、LEARNのウェブサイトから、その子に合ったものを見つけて応募してもらいます。

 

本人の志願だけでなく親の推薦もOK にしました。

 

プログラムは今後も増えていく予定ですが「思想は1つです。

『学びは自由。時間や空間を超えて学べばいいし、普段生きている中で学ぼう』という方針です」と、中邑氏は話します。


もう1つの教育方針は、「目的なき学び」です。

放っておくことが重要だといいます。

 

「学校でやっているのは、答えを追い求める学びや評価を得る学びですが、そうやって目的を設定すると正しい答えが決まってしまいます。でも、目的なしにやると正しい答えがなく、たくさん答えが出てくる。


例えば先日、エミール・ガレなどのガラス作品が展示されている小樽芸術村 似鳥美術館で行ったプロジェクトでは、『虫を探しておいで』というミッションを出しました。


すると、作品に描かれた虫を見つけてくるだけでなく、技巧に魅了されて作品の作り方を考える子、照明のカッコよさに着目する子も出てきました。

 

つづく

異才を発掘する その3

 

昨日の続きです。

 

東京大学先端科学技術研究センター中邑賢龍さんは続けます。

 

「今の世の中は、標準的な人間像を設定して、そこに当てはまらない人を排除してしまっている。

その社会の枠を崩すためのプラットフォームがLEARNです。

学びはもっと多様性があっていいと思っていて、研究室で取り組んできたほかの学びの場も統合しました」


まず賛同してくれたのは、ニトリホールディングス代表取締役会長の似鳥昭雄氏でした。

 

「似鳥会長は『僕も子どもの頃、困っていたよ。オール1でさんざん怒られたし、いじめられた。そういう子どもを救ってあげたいね』とおっしゃってくださった」と、中邑氏は話します。

 

今、似鳥氏が支援する「LEARN with NITORI」は、「いちばん甘いサクランボを探せ!」など、教科書を離れて学びの楽しさに気づくプログラムとして進行中です。

 

25年度までに全都道府県での実施を目指す予定です。


10月には宮崎県で、「自分で働いて晩ご飯を食べよう」というテーマで小中学生を対象にした労働体験の提供を予定しています。

 

農家で働いた分だけ農作物をもらうことができ、その収穫物を持ち寄って夕飯を食べる企画です。

 

肉は自分の収穫物と物々交換で手に入れるなどのルールも設け、サービスにはコストや対価が生じることを子どもに教えたいといいます。


「働いて経済的な観念を身に付けることは重要だと思っています。

ビジネス系のプログラムというとピッチコンテストが多いですが、こうした労働体験を通じて、上手にしゃべれない子は地道にやればいいということも伝えたいですね」


1人でやりたいことを続けている子を応援しようと、成績不問の奨学金「LEARN ONE」もつくりました。


「オール1でもいい、成績不問です。高い金額は出せませんが、例えばセミの抜け殻ばかり集めている子が、それを整理するケースが欲しいと言ったら買ってあげたり、会いたい人がいたら会う手伝いをしたり。応援してくれる人間がいることを伝えたいです」


一方で、突き抜けた子を否定するものではないといいます。

 

引き続き支援は必要だと考えており、学校教育に飽き足らない子どものためのプログラム「LEARN with Porsche」も用意しています。

 

つづく

 

異才を発掘する  その2

昨日の続きです。

異才を発掘するプロジェクトが「狭き門」だという現実はいろいろ問題を起こしていました。

 

これについて東京大学先端科学技術研究センター中邑賢龍研究室ディレクターとしてプロジェクトを推進してきた中邑氏は、こう振り返ります。


「ROCKETを始めた目的は、学びの多様性を保証することでした。

きちんと学校で学ぶのがいいことだという流れの中で、学校に行かなくても学べるのではないかということを示そうとしたのです。

今は学校になじめない子を応援する場所も増えましたが、当時はほとんどありませんでしたから」


「始めてみると、不登校の子や突き抜けた考え方の子など「面白い子どもたちがたくさん集まってきた」といいます。

 

ところが、続けるうちに当初の目的とずれるような状況が生じてきました。


「僕自身が楽しくなくなっていきました。『東大が異才を育てるROCEKT』がよくも悪くもブランド化し、ROCKETに入ることを目的にする子が出てきたのです。

そして、彼らは企業の奨学金なども勲章のように取っていく。でも、僕らも突き抜けることを求めすぎたのではと反省しています」

 

ROCKETは、「Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents」の頭文字を取ったものです。

 

ここに「志」と明らかに「Extra-ordinary(並外れた)」という言葉が入っています。

 

「まだ意欲がない子や突き抜けていない子が、応募しにくくなったのでは」と中邑氏は考えていました。


「参加者にも『君たちが志願したのだから、きちんと決めなさい』と、自己決定・自己責任を押し出してしまった。

だけど、本当に困っている子はそこまで達していないんですよね。

僕らも一般的な学校と同じことをしているなと気づいた頃、ちょうど日本財団との協力関係が終わるタイミングでもあったので、少し内容を変えてみることにしました」

 

こうして21年6月、ROCKETの看板を下ろして新たに始めたのが、「LEARN」だったのです。

 

Learn(学ぶ)、Enthusiastically(熱心に)、Actively(積極的に)、Realistically(現実的に)、Naturally(自然に)の頭文字に由来しています。

 

つづく

 

 

異才を発掘する     その1

 

皆さんは「異才発掘プロジェクト ROCKET」という言葉を聞いたことがありますか?

この事業は2021年度をもって終了していますがもう一度振り返りながら、どうしてこれが終了になったのか・・

 

また現在どのようなプロジェクトに引き継がれているかについて探ってみたいと思います。


この主体は日本財団東京大学先端科学技術研究センター(以下、先端研)でした。

異才を発掘し、継続的なサポートを提供することを目的としていました。

 

将来の日本をリードしイノベーションをもたらす人材を養成することを目指し、2014年12月に「異才発掘プロジェクト ROCKET(Room Of Children with Kokorozashi and Extraordinary Talents)」が始動しました。


日本財団は、渋谷区とのソーシャルイノベーションに関する包括連携協定を結んでいました。

 

このプロジェクトは、突出した能力はあるが、現状の教育環境に馴染めず不登校傾向にある小・中学生を選抜し、継続的な学習保障及び生活のサポートを提供するものです。

 

(この点は、このブログの中でこれから出てくる重要な観点です)

 

書類選考と面接で選ばれた「候補生」には、興味関心や特性に応じたプログラムを提供します。

 

そのプログラムの中で、自分の学びをさらに加速させ、顕著に“突き抜け感”が出てきたと事務局が判断した候補生のみ、「特待生扱い」に移行します。

 

これらの突出した能力を持つ候補生には、科学技術や芸術、スポーツ界など様々な分野で活躍するトップランナーによる講義が行われます。

 

またディスカッション、プロジェクトベースドラーニング(PBL)と呼ばれる料理や工作など身近なものを題材にした実践型の教育プログラムを提供します。

 

一人ひとりの興味に応じて、インターネットを利用した個別指導も行っています。

 

このプロジェクトは、公教育ではカバーできない領域を補う仕組みとして注目度も高いものがありました。

 

将来的には、従来の枠にとらわれない新しい形の学校の設立も視野に事業を展開していました。


年度別候補生の人数


年度
応募者数(人)
決定者数(人)

との順番に2018年度まで表記します。


2014年度(1期生)
601
15

2015年度(2期生)
536
13

2016年度(3期生)
527
31

2017年度(4期生)
363
32

2018年度(5期生)
308
34


一見して相当な「狭き門」であることは間違いありません。

 

ところがこの「狭き門」がいろいろ問題を引き起こすことになるのです。

 

つづく