昨日の続きです。
悪名高いイギリスの「三枚舌外交」の続きです。
イギリスはオスマン帝国内のアラブ人をそそのかし、今度はユダヤ人をそそのかそうとしているのです。
具体的には、イギリス軍への資金援助を申し出る代わりに、勝利の暁には「カナンの地」をユダヤ人の国にしてあげようと持ちかけるのです。
つまり、イギリスはパレスチナの地を餌にアラブ人には内乱をそそのかし、ユダヤ人には資金援助を求めるのです。
具体的にはユダヤ系の財閥、ロスチャイルドから資金援助を引き出そうという狙いです。
その上で、フランスとロシア(三国協商の仲間)に対しては、オスマン帝国を倒した暁には、その領土をこの三国で分割すると密約したのです。
つまり、「イギリスの三枚舌外交」とは、アラブ、ユダヤ、フランス、ロシアへの矛盾する、そもそもありえないような領土協定だったのです。
こういう外交のツケが将来にわたり残り続け、中東の歴史に消えないアザのようになってしまったのです。
結局、オスマン帝国の領土はイギリスとフランスが山分けすることになりました。
そしてついに第一次世界大戦が終わります。
当然、今まで各国に「三枚舌」を使ってイギリスは窮地に陥りますが、それでもダラダラとパレスチナの統治を続けます。
そうこうするうちにまた第二次世界大戦が勃発します。
もう皆さんご存知の通り、この時ナチスドイツによるユダヤ人虐殺が起こります。
シェイクスピアの「ベニスの商人」という戯曲がありますが、そこに出てくる高利貸し「シャイロック」はユダヤ人でした。
まさに、目的のためには手段を選ばないやり方で商売をしていきます。
残念ながら、世界中に離散しているユダヤ人に対する世界の見方もそのようなものでした。
世界各地でユダヤ人はよく迫害されていました。
それを利用したナチスドイツが、ドイツ経済の困難の原因は、ユダヤ人たちにあると攻撃を始めたのです。
実際のところ、ドイツが経済危機に陥ったのは、第一次世界大戦の保障や戦争による工場やインフラ等の減少による生産力の低下などであったわけです。
ヒトラーは、ユダヤ人という仮想的を作り出し自らの政策を演出したのでした。
ここでは、詳しい内容には踏み込みませんが、ユダヤ人が大虐殺された事は既に皆さんもご存知のことでしょう。
600万人ものユダヤ人が虐殺されたと言われています。
このような経過の中で、ユダヤ人たちの中には、なんとしても自分たちの国を建設しなければならないという強烈な意識が芽生えたのです。
ここで生まれたのが「シオニズム運動」だったのです。
つづく