昨日の続きです。
恥ずかしながら、当日、能を観劇するまではその歴史や背景などは全く勉強しませんでした。
なので、少し勉強がてら、その歴史や決まり事などをご紹介したいと思います。
「能」とは、1300年もの昔に中国から伝わった芸能のひとつです。
「能面」や「面(おもて)」といった仮面を使って劇を行なう特徴があります。
↑大槻能楽堂に飾られている写真です。
↑皆様、ご存知の能面の写真です。
この面の瞳の穴の小ささにご注目くださいね。
後ほどご説明いたします
多くの物語は神話や歴史的な話を題材にしています。
能には、演奏にあわせて物語が進行する、ミュージカルやオペラのような歌舞台という魅力もあります。
ライブの前に人間国宝の大槻文藏さんが「能を堅苦しく見ないで、室町時代のミュージカルだと思ってください」と説明しておられましたが、まさにそうだと思います。
音楽があり、謡があり、舞があり、ストーリーがあるのはこれまさに当時のミュージカルだと言えるでしょう。
ちなみに、人間国宝が語るには、人の語りに抑揚やリズムをつけて謡にしたのは能が初めてだそうです。
それが引き継がれ、演歌になったり今の音楽につながっているということらしいです。
今回の企画で能と現代ミュージックをコラボさせたのは、どうやらそういうことを皆さんに知っていただきたかったということらしいです。
私も現場に行って改めて思ったのですが、ミュージシャンのライブの前にはステージ「転換」(楽器などのセットアップ)をしますが、大概はステージにカーテンが付いていたりしてその内側で、機材のセットなどが行われます。
ところが、能舞台には演者とお客さんを遮るものが何もないわけです。
これも現場でハッと気づきました。
つまり能舞台は、観客席(見所)と舞台の間に緞帳も幕もなく、極度に簡略化された空間となっていたのです。
もともと、能舞台は野外にありました。
能楽堂に収められた現在も、舞台に屋根がついていたり、欄干のある渡り廊下が伸びたり、松ノ木が立っていたり、というのは、野外の能の舞台を再現するためであり、さまざまな工夫がされています。
たとえば、橋掛かりに植えられている一ノ松から三ノ松は、手前から次第に小ぶりになります。
これは遠近法を用いた工夫です。
照明も自然光と同様の状態を作り出すため控えめになっています。
そして、音響上の工夫も成されています。
能舞台の床下や橋掛がりの下に、大きな甕(かめ)を据える場合があります。
実際大槻能楽堂の舞台下にはいくつもの甕が据えられています。
これは、適度な吸音効果をもたらし、足で踏む拍子の響きをよくするばかりではなく、笛や太鼓といった囃子の音、謡の声にも影響するといわれています。
出演したミュージシャン達も、その音響の良さに驚きを隠せませんでした。
能舞台のつくりを調べてみましょう。
↑大体構造はこのようになっています。
能舞台は檜で作られています。
舞台中央の後方に「鏡板」。
舞台前方に「階きざはし」、向かって左に「橋掛かり」、その奥に幕があります。
この形式が確立したのは、織田信長の活躍した時代より少し前だろうと推測されています。
現在の構造になった最古のものは、秀吉が作らせたという西本願寺の北能舞台だそうです。
つづく