前回の続きです。
本当は、長い長い証言があるのですが、事故の当日のことに関して、川上慶子さんが話している内容を紹介します。
生存者の川上慶子さんは当時、このように語っています。
・・・・・・・・
暗闇の中、ヘリコプターの音が聞こえてきて、目が覚めた。
赤い灯りも見えて、真上まで来て止まって、「あぁ、これで助かるわ」と、みんなで言ってたら、ヘリは引き返した。
これで、場所が判ったから、またみんなで、たくさん来てくれると話したけど、それっきり来んようになった。
そのうち、みんな話さなくなった。
その後、ヘリコプターのパタパタという音で目が覚めた。
目の前を覆う部品の間から、二本の木が見え、太陽の光が差し込んできた。
生きているんやな、と思った。
何とか外に出て見つけてもらおうと思い、努力した。
人の気配がして、「生きている人は、手や足を動かして」という声がした。
足をバタバタさせると、人が近寄って来た。ぼさぼさの頭、ショートパンツで、勘違いされたらしく、「男の子だ!」と言われた。
実は墜落した時、少なくともお父さんと妹と会話ができていました。
この証言の中に、恐ろしい現実が隠されていますね。
ここの部分です!
「暗闇の中、ヘリコプターの音が聞こえてきて、目が覚めた。
赤い灯りも見えて、真上まで来て止まって、「あぁ、これで助かるわ」と、みんなで言ってたら、ヘリは引き返した。
これで、場所が判ったから、またみんなで、たくさん来てくれると話したけど、それっきり来んようになった。
そのうち、みんな話さなくなった。」
その日の夜のうちに、米軍ヘリか自衛隊ヘリが現場上にいたということです。
同じように、奇跡的に救出された落合由美さん(日航客室乗務員でありその日は非番で123便に搭乗)もこのように証言しています。
実は墜落前に落合さんは、パニックになる123便の乗客のライフジャケット着用等のお手伝いもしていたのです。
墜落した夜の状況を語ります。
・・・・・
「私はただぐったりしたまま、荒い息遺いや、どこからともなく聞こえてくる声を聞いているしかできませんでした。
もう機械の匂いはしません。
※「機械の匂い」については以下のような証言をこの前にしていました。
※落合さんは、墜落の瞬間も意識があり事故の状況を冷静に判断していました。
例えば、次のような証言をしています
「衝撃が終わったあとは、わーっと埃が舞っているようでした。目の前は、もやーっとしているだけです。墜落だ、と思いました。
大変な事故を起こしたんだな、と思ったのは、このときでした。
すごく臭かった。
機械の匂いです。油っぽいというより、機械室に入ったときに感じるような機械の匂いです。」
(ここから今の証言に戻ります)
私自身が出血している感じもなかったし、血の匂いも感じませんでした。
吐いたりもしませんでした。
やがて真暗ななかに、ヘリコプターの音が聞こえました。
あかりは見えないのですが、音ははっきり聞こえていました。
それもすぐ近くです。
これで、助かる、と私は夢中で右手を伸ばし、振りました。
けれど、ヘリコプターはだんだん遠くへ行ってしまうんです。
帰っちゃいやって、一生懸命振りました。
「助けて」「だれか来て」と、声も出したと思います。ああ、帰って行く……。
このときもまだ、何人もの荒い息遣いが聞こえていたのです。
しかし、男の子や若い女の人の声は、もう聞こえてはいませんでした。」
つづく